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自民党の中谷元・元防衛相は20日、中距離核戦力(INF)廃棄条約の失効を受けてトランプ米政権が行った地上発射型巡航ミサイルの発射実験に関し、「抑止の敷居を高めることになる」とのコメントを出した。全文は以下の通りだ。
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INF廃棄条約が米露だけの条約だったために、中国をはじめ対象国以外の国は、ほぼ自由に中距離核戦力の整備拡大に注力している。米中新冷戦の中、米国はロシア以上に中国の核戦力を懸念しているのではないか。米ソ冷戦期の発想によるINF廃棄条約は、すでに今日的意味を失った。
米国が新型中距離ミサイルを整備することは、抑止の敷居を高めることになると評価する。米国の抑止戦略の基本は、同盟国に「核の傘」を提供することと、「相互確証破壊戦略」にあり、米露間だけの核戦力バランスでは成り立たない。
特に中国に対する対応は極めて重要だ。近年、中国は「DF」シリーズの地上発射ミサイルや、「JL」シリーズの潜水艦発射ミサイルなど急激な近代化を進めている。中国に対する抑止能力の観点から、早急に対抗能力を示すことが必要だ。中国にとって米国のINF廃棄条約離脱は、戦略的に不利となる動きであり、今後はこれに対抗する動きが顕著となる可能性が高い。
日本も米国の拡大抑止を尊重しつつ、ミサイル防衛(MD)をはじめとする拒否的抑止能力の向上には努めるべきだ。ロシアや中国の中距離巡航ミサイルへの対応のあり方を、日米間で協議する必要がある。産経新聞
米国が新型中距離ミサイルを整備しても、その新型ミサイルを日本に配備しなければ、日本への拡大抑止力は成立しない。「相互確証破壊戦略」は核保有国だけに存在する。日本には関係のないことである。
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2019年08月20日
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米露中のミサイル開発が進むとの懸念の声があるのは事実だが、実際それは間違っている。INF廃棄条約に入っていない中国はすでにミサイル開発を続けており、ロシアも条約に抵触するミサイル開発を進めているとの指摘があるのだ。
そのような環境で米国だけ開発しない、させない、となると米政権として不満が出るのは理解できる。とはいえ、世界で軍拡が進むのは到底歓迎できるものではない。
そもそも、INF廃棄条約に中国が入っていないことが問題であり、国際的な枠組みに中国を巻き込む努力を日本を含めて各国が行うべきだ。米露中の新たな条約、あるいは開発能力を有する諸外国も含めた条約を作り、平和な世界を模索すべきだ。産経新聞 INF廃棄条約に米中露で取り組むべきである。それができないならば、日本も国産で極超音速ミサイルを抑止力のために保有すべきである。核武装も検討すべきである。天は自ら助ける者を助く。
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京都大学名誉教授・佐伯啓思氏
『週刊サンデー毎日』に評論家の高澤秀次氏が「評伝西部邁」を連載しており最近完結したが、そのなかで氏はあるエピソードにふれていた。それは、西部氏が東大に入学し、同時に共産党にも入党した時のことである。いわゆる山村工作隊として地方の農村等に若い党員を派遣するという当時の共産党の方針に従って、若き西部氏も和歌山の山中の被差別部落へ赴いた。勤務評定闘争によって授業が行われていない小学校で子供たちに勉強を教えるためである。
帰り際に西部氏は、子供たちにアイスキャンディーをふるまおうとした。しかし子供たちはそれを受け取らなかった。子供たちからすれば、西部氏は東京からやってきたエリートである。自分たちは、社会のどん底にいる。しかし乞食(こじき)ではない。ものを恵んでもらういわれはない、というのだ。
この小さな出来事は西部氏にとっては、実に大きな経験であったようで私自身も何度か聞かされたことがある。おそらく、この子供たちの拒絶にあって自身の内(うち)にずっと抱え持っていたある根本的な感情に決定的な確信を与えることができたのであろう。東京へ戻った西部氏は共産党から離れ党を除名された学生による過激な運動組織であるブントへと走り、60年安保の指導者の一人になってゆく。
ここで私はほぼ一年半前に自死された西部氏の行跡を改めて振り返ってみようというわけではない。「日本の戦後」というものについて論じてみたいのである。また、よきにせよ悪(あ)しきにせよ「戦後日本」を支えた「保守主義」について考えてみたいのである。
どれほど社会から排除され貧窮にあえいでいても、その社会の上層にいる者からの同情も施しも即座に拒否した和歌山の山村の子供たちの姿は、「戦後日本」の一般的な図柄とは真逆のものである。高度成長をへて、年々豊かになり後の三島由紀夫の言葉でいえば、カネよカネよと浮かれてゆく戦後日本の「大衆」とはまったく異質のものであった。しかもすべてをカネに換算して恥じぬ戦後日本はもうひとつ、戦後の平和をアメリカによって担保されている現実を恥じることもなかったのである。
≪豊かさと平和の代償として≫
和歌山の子供たちが示したのは食えなくても守らなければならないものがある、というぎりぎりの矜持(きょうじ)であり、真の誇りであった。そして戦後日本は、豊かさと平和の代償としてこの矜持を失った。少しでもカネを手にしようと福祉に群がり、利権をもとめて政治家と繋(つな)がろうとし、自己の立場が少しでも不利となれば権利の平等をたてに大声を張り上げる、そして政府に何とかしてくれ、と訴える戦後日本人の姿は醜くゆがむ。
西部氏が、この「戦後日本」へのほとんど無謀な対決を試みたのは、アメリカに依存した「平和」と「豊かさ」を無条件に受け入れ「めしが食えれば」どころか、ともかく「もっとカネをよこせ」となってもまだ不満だらけのこの大衆社会と、アメリカ追従をすぐれた現実的選択として賞揚する現実主義の双方に、戦後日本の醜さを見たからであろう。日本人のもっていた矜持、つまり「独立・自立の気風」を守るには「戦後日本」と敵対するほかないのである。
≪「独立・自立の気風」どこへ≫
保守主義とは、この「独立・自立の気風」を、また人間のもっとも根源的な尊厳と矜持をできる限り守ろうとする精神である。その意味では、戦後日本における「保守」を語ることは法外なまでの困難と強い意思を必要とするのである。気楽に「保守」など名乗れるものではない。なぜなら、戦後日本は、精神的に圧倒的にアメリカの影響下にあるだけではなく、国家構造そのものがアメリカによって与えられたからである。いうまでもなく、憲法と日米安保体制である。したがって、戦後日本の「保守」は、憲法問題とアメリカ問題(防衛と外交の過度なまでのアメリカ依存)を問うほかない。
だがまさにここで、「保守」が「現実」の壁にぶつかるのも事実である。いまさら現憲法の有効性を疑問視してもどうにもならず、安全保障も日米関係に依存するほかない。それでも先日の、トランプ大統領による(戦略的な思い付きとはいえ)安保条約の破棄発言に際しても、日本の防衛についても日米同盟についての論議も起きないのでは、「保守」など消滅したというほかない。平和が続き経済が豊かになればかつての山村の子供にあった、カネや食べ物よりも大事なものがあるという矜持も薄れるであろう。しかしそれでも人間の精神は現実を批判できる。
カネをばらまいて株価を上げ、訪日外国人がいくらカネを落としてくれたと喜び、日米関係の強化で平和を守れればよいという「現実」をそのまま擁護も賛美もするわけにはいかないのが「保守」であろう。令和元年は戦後74年である。この時代は、ほんとうに「保守」が問われる時代となろう。(さえき けいし)産経新聞
米国は日本への拡大抑止力を持っていない。日本の安全保障を米国に頼るのは幻想でしかない。日本が生存するには富国強兵しかない。そのことを真剣に考えないと日本は滅ぶ。
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四面楚歌のNHK、右左関係なく叩かれ外国人には消火器をぶっかけられる【昭和天皇の拝謁記】
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富士学校・富士駐屯地開設65周年記念行事 陸上自衛隊 富士学校 富士駐屯地 静岡県 自衛隊情報 (陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊)N0.229
自衛隊に心から感謝をしたい。東アジアの軍事情勢は緊迫化している。国土防衛の任務にあたる自衛隊なくして平和はない。
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