|
長尾龍一東大名誉教授の「カール・シュミットの死」を読んでいる。長尾龍一名誉教授は、あとがきで、戦後日本の思想界は、小規模ながら、シュミットが描いた精神史の過程を一通り復習した。敗戦直後、インテリ青年たちは、岩波書店の前に列を作って、「理性」の指導を渇望した。
それに応じて、知的指導者たちが、歴史の発展動向などについて、様々な託宣を下した。「60年安保」は、客観的に見れば、極東から米国を放逐して、この地域をソ連のフリーハンドのもとにおこうとする軍事的闘争に他ならないが、「知的指導者」たちは様々な見当外れの言説を弄して、大衆、特に青年を扇動した。
この扇動は、大衆、特に青年の中に「直接的かつ具体的な生の理論」を誘発し、それによって「知的指導者」たちは自らの墓穴を掘った。そしてその「生の理論」は、「70年安保」において自滅した。
全共闘が三島由紀夫と対話したりしたが、シュミットがより強力な神話とよんだ民族の神話に飛び火しないうちに自滅したのは、ある意味で幸せであった。「左」の神話に幻滅して、「右」の神話に移った者より、神話そのものに幻滅した者の方が多かったからである。
|
本の感想・・
[ リスト | 詳細 ]
|
「闇の傀儡師」藤沢周平の小説を時代劇専門CHで見る。勧善懲悪でなく、性悪説のような時代小説だが、単純な悪人はいない。善人はいるが、それも、正義だかわからない。徳川幕府の権力闘争という悪魔の手先はいた。藤沢の男女の恋愛は性と命に艶がある。藤沢周平の「闇の傀儡師」を読んでみよう。
|
|
堀辰雄は「姨捨記」で「保田與重郎君が更科日記で愛に就いて語った熱意ある一文に接し、わたしは何かその日頃の自分を悔いるやうな心もちにさへなつてそれを感動しながら読んだものだつた。それ以来、再びこの日記は私の心から離れないやうになつてゐた」と書いている。
|

- >
- 芸術と人文
- >
- 文学
- >
- ノンフィクション、エッセイ
|
早朝から、作品社の日本の名随筆の堀辰雄の「姨捨記」読んでしまった。堀辰雄は、「姨捨記」抜萃で「更級日記について、日本の女の誰でもが殆ど宿命的日本もつてゐる夢の純粋さ、その夢を夢と知つてしかもゆめみつつ、最初から諦めの姿態をとつて人生を受け容れようとする、その生き方の素直さといふものを教へてくれたのであると記している「『更級日記』は私の少年の日からの愛読書であつた。いまだ夢多くして、異国の文学にのみ心を奪はれて居つたその頃の私に、或日この古い押し花のにほひのするやうな奥ゆかしい日記の話をしてくだすつたのは松村みね子さんである」堀辰雄
|

- >
- 芸術と人文
- >
- 文学
- >
- ノンフィクション、エッセイ
|
淀川長治の「私の文学・打ちあけばなし」のエッセイを読む。淀川はなかなかの読書家だ。彼は書いている「ふりかえってみて紅葉、鏡花、そして有島武郎とつづくと、私はロマンといろごとの世界に溺れているかに自分がなんじゃくだなとカンシンした」と。
|



