|
森永さんは、この本でこう書いているのです。「アメリカがインフレターゲットを採用すれば、日本もそのまねをする可能性が高いのだ。残念ながら、わが国はアメリカの外圧に弱く、アメリカの猿まねは得意だ。そしてインフレターゲットが導入された途端に日本の景気は劇的に回復するのだ。
アメリカ信奉の御用学者たちは勝利宣言するだろう。自分たちの意見のとおりやったら、日本は復活したと胸をはるのだ。ただしそのとき、日本には星条旗が立っているだろう。それが現時点で最も可能性が高いと私が考えている第二のシナリオである」と。本当にそうなりましたね。これではTPPも米国のためのものですね。これから・・・・・わかるようね。
|
本の感想・・
[ リスト | 詳細 ]
|
民主主義国家の政治家に取って、民から所得を召し上げる増税は何もほかに策がなくなったときの最後の、ぎりぎりのオプションのはずである。つまり、増税とは諦めの政治による選択であり、政治家の恥ともいえる。
ところが、菅前政権はいとも簡単に社会保障財源も東日本大震災の復興財源も東日本大震災の復興財源も、「増税で」と触れ回った。野党第一党の自民党執行部も増税案で民主党と競った。増税を諦めないことが使命だと思い込んでいる野田政権に日本の政治はすつかり倒錯してしまった。
エネルギについては、安全性を徹底的な確認をした上で原発の再稼動も模索すびきではないか。新しい電力源の確保、開発、立地を早急に進める必要がある。ここでもまた政府は「あれだけの原発事故が起こったのだから、電力料金引き上げはやむえない」と負担を国民に転嫁しょうとしている。大増税路線とまるで同じ貧困な発想だ。ということも指摘している。このような考えが少数意見であることが不思議だ。財務省に世論が・・・・マスコミが洗脳されているのだろう。
政府が最優先で実行すべきなのは、経済を成長させて、デフレから脱却し、円高を是正するための経済政策を国民に示すことだ。ということを田村さんは書いている。私も増税まっしぐらの野田政権には大いに疑問である。 |
|
わたしはハッチャード書店の飾り窓をのぞきこ込みながら、何を夢みていのだろう。何を取り戻そうとしているのだろう。開いた本に―
もう恐れるな、灼熱の太陽を、
はげしい冬のあらしを。
と読みながら、田舎の白い暁の、いかなる姿を呼び戻そうとしていたのか。この末世の出来事は、男にも女にも、すべての人々に、涙の泉を作った。涙と悲しみ、勇気と忍耐、完全に廉直で、艱難に動じない生活態度を生みだしたのだ。たとえば、あの最も尊敬すべき婦人、パザーを開くベッくスー令夫人のことを考えてみるといい。
近藤いね子さんの『ダロウェイ夫人』解説を引用すると。
ウルフにとって最も重要な意味を持つのはこの第二の時間―過去と現在とが不可分である純粋持続としての時間―であり、これはウルフの親しい友であった今世紀の代表的詩人、T・Sエリオットによってもその傑作『四つの四重奏』の冒頭で歌われている。
現在の時と過去の時は
二つともたぶん未来の時のなかにあり
未来の時は過去の時にふくまれる
以上の二種の時に加えて、もう一つ、歴史的な時がある。これは第一次大戦終了後五年たったイギリスという特殊性を持った時である。この歴史上の時を背景にして、小説の世界のなかの時間は、議会の大時計に、またこれに続いて鳴り出すセント・マーガレト教会の鐘に一刻一刻を画され、容赦なく過ぎてゆく。女主人公はその移りゆく一刻一刻を、また現在彼女の目の前にひろがる人生の一こま一こまを、こよなく愛し、いとおしむ人である。愛するが故に、彼女の感じ易い心は瞬間毎におののき「たとい一日でも生きることは、非常に、非常に危険であるという感じ」を常に持つ。そいう彼女の心に通りすがりに見た本屋のショウインドウーに開かれた本の言葉が印を捺してゆくのである。
もう恐れるな、灼熱の太陽を、
はげしい冬のあらしを
ウルフのイメージやシムポリズムの問題も考えて見たい。
|
|
中野さんは、経済産業省出の経済学者である。「発言者」から「表現者」という保守唯一の雑誌で独自の主張していた。今は、進歩派の岩波の月刊「世界」にTPPについて反対の論文も書く。さらに、テレビでもTPPにアカデミックな論理で反対の主張をした。今回の「新潮45」というアイロニカルな雑誌にこの論文を書いたことは、良いことである。
中野さんは、TPP参加は、「アメリカをとるか、中国をとるか」といった大げさな話ではない。「日本にメリットがあるか否か」の問題である。としている。さらに、自由貿易は、常に正しいのかと、「世界は、今、歴史の大きな転換期にある」このような台詞がこれまでいわれてきたけど、2008年のリーマンショック以降、現在も出口が見えない世界の混迷と大不況は、世界が今度こそ本当に、その歴史の大きな転換期に突入したのだと実感せざるを得ないものとなっていますとも。
自由貿易についても、自由貿易こそが、今日おいても、ドグマの典型であると断定しいています。自由貿易に疑いを抱く者は、「保護主義者」と呼ばれます。もちろん「保護主義者」とは、悪い意味です。自由貿易は、自由で公平で、経済的繁栄をもたらすものであり、自由貿易論者は経済学をよく理解して、世界に対して開かれている人とみなしてもらえます。保護主義者は、もちろん、その反対です。自分の権益に固執し、利己的・排外主義的で、経済学に間しては無知であり、性格は内向きだというわけです。中野さんは2008年のリーマン・ショックという世界経済危機をもたらした原因は、自由貿易やグローバル化とは無縁でないからだと。自由貿易を冷静に思索しています。
中野さんは、グローバル・インバランスを問題にしています。グローバル・インバランスとは、アメリカが一方的に貿易を赤字にし、新興国が一方的貿易収支の黒字を貯め込むという不均衡の構造のことである。このグローバル・インバランス問題こそ、今日の世界的な経済危機をもグローバル・インバランスたらした構造的な問題だと。現在のアメリカの深刻な不況も、ヨーロッパの出口の見えない危機も、元をたどれば、グローバル・インバランス問題に行き着きます。としています。
|
|
埴谷雄高について「存在の革命を基底に置く「死霊」は、究極の理想論であり、予言性にみちた死滅の哲学だったろうか。多数の「死霊」に支えられて精神の戦いを見極める、救済の物語だったろうか。
松本清張について「人生を知らない者に人間が描けるはずがないよ」。
清張さんがそう語る時、私は松本清張さんが生きてきた長い時間の痛苦や屈辱を見る思いがした。
こんな、宮田さんの追憶の作家たちという本は・・・・猛烈に作家と宮田さんの想い出が美しい言葉で語られている。
西條八十について「純粋詩を書きフランス語に耽溺し、大衆歌謡を量産した西條八十は、ありあまる言葉の才にうながされ、言葉による先駆性のみを信じて生きたのだろう。聖俗のみだれる覚醒した詩人がいたのである。
|





