|
『流離譚』 安岡章太郎
安岡章太郎の郷里は土佐である。ところが東北に一軒だけ親戚があるといふ。昭和16年頃、或る日突然、安岡正光を名乗る東北弁の初老の人が、東京の作者の家のあらはれた。そのとき、「やすおか」の発言だけが「や」にアクセントを置く土佐訛りにきこえ、作者は「をかしな感動をおぼえた」といふ。
東北弁のなかでその訛りをきくと一瞬、私は寒流のなかに暖流が流れこんできたときのやうに、生温かいもので全身を包まれる気がしたものだ。安岡は会津について次のように書いている。会津藩に象徴される固陋頑強な倫理観を固持して滅びるか、安岡はどちらともいつてゐないが、すくなくても固陋頑強な倫理感を抱いて滅びた人びとの声をかへりみない歴史というものは信じないであらう。と桶谷秀昭は書いている。
周囲を山にかこまれた会津盆地の空は、晴れてゐるときでさへ或る重量が感じられる。まして冷えこみの激しい晩秋の曇り空は、沈鬱そのものである。
かういう文章のひびきがその証拠のやうに思へるのである。ということである。『流離譚』の内容にはふれなかった。会津に関するところを抜粋した。
|
本の感想・・
[ リスト | 詳細 ]
|
日中関係が緊迫化している。私は、この原因は民主党政権の、日米軍事同盟が脆弱化していることが、中国、韓国、ロシアに領土問題が出てきたのです。だから、今こそ、日米安保の強化のために、集団的自衛権の行使、憲法改正による自主防衛の整備、中国の中華思想による覇権主義への対抗すことが大切だと思う。ところが、私のような意見ではなく、進歩的保守の政治家として河野洋平氏の意見も紹介してみたい。
河野洋平氏インタビュー 月刊世界 2012年 10月号 抜粋
「私が大事にしてきたのは、生命です。人の生命が不条理に殺す絶対に避けなければいけない。また、民族の生命、人類の生命を尊重することは当然です。与党にしても、自民党や「第三極」にしても、外交的な理性を軽視しているのではないかと思います。相手の主張に耳を傾け、学び合い、助けあっていく姿勢でのぞむこと、そして、互いに相手を尊敬し、信頼することが外交の要諦です。相手の信頼に背くことはしてはいけないのです。」
|
|
私が学生の頃、英国で教鞭をとっていた森嶋通夫氏と、関嘉彦都立大學教授との安全保障の論争があった。森嶋氏は教養人のりベラリストであり、関氏は民主社会主義研究会の責任者であり、反共の学者であった。お二人の論争は有意義なものであった。理想と現実は永遠のテーマだから。
森嶋通夫氏は「なぜ日本は没落するか」でこう書いている。「政治家も考えない。最近の政治家にはイノベーション(新考案)がない。イノベーションの好例は、1930年の大恐慌のとき、ルーズベルトがおこなったニユーディール。であると。
森嶋は続けて書く「田中、三木、福田、大平には、政治的イノーベーションがの案を持たねばならぬという気概があった。しかしその後、政界、財界、官界が馴々(なれなれ)しくなり、職業倫理が頽敗し、三者協力してイノベーションを探求するといふ志向を持っていない。
|
|
吉永小百合の大島みちこさんの役は・・・映画は感動した。 男の俳優は浜田光夫だったと思う。『愛と死をみつめて』
64年度中135万部を売った。ちょうどその頃は東京五輪開催中であった。作家の井上ひさしは「オリンピックによって人間の身体のもつ美しさを知り、大島みち子によって人間の精神の勁(つよ)さを知った」というのである。
大島みち子は自分の病気を知った時。彼女は日記に書いた。「自分自身あきれるほど冷静。この夜ほど心のすみきったことはいままでになし。拍手を送る」最後まで気丈に生きたあかしである。
|

- >
- 芸術と人文
- >
- 文学
- >
- ノンフィクション、エッセイ
|
ノーベル賞のことを考えていたら北里柴三郎のことを思った。藤原正彦氏が述べている。『北里は熊本出身で東大を出てドイツに留学した。ドイツでは細菌学のコッホの下で研究して、破傷風菌の純粋培養に初めて成功しました。第一回のノーベル医学生理学賞を取ったベーリングは北里の共同研究者で、北里の開発した方法を応用しただけです。北里の方が有力候補だったが、人種差別により取れなかったと言われています。明治日本で初めて世界的となった学者ですが、ドイツを離れる時にはケンブリッジ大學やアメリカの有名大学からの教授就任の要請が殺到したそうです。ケンブリッジなんて、北里のために研究所まで作るとまで言った。でも北里は「祖国日本の医学と医療のために、日本に戻る」と言った』ということを。
「参考 名著講義 藤原正彦 文藝春秋」
|





