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「竹山道雄と昭和の時代」を読んでいる。平川祐弘東大名誉教授が書かれたものである。学生時代に竹山道雄を知った。岩波書店の月刊世界が進歩的文化人の思想的拠点となり、朝日ジャーナルが新左翼のプロパガンダの時代に、左右の全体主義と対決して、昭和史を学問的に分析した中庸な保守主義者が竹山道雄である。
竹山道雄は当時は日本文化フオーラム・月刊自由に多くの論文を著していた。山田宗睦という、左翼の学者に「危険な思想家」の一人として書かれたこともある。この本は、右翼の反共雑誌の全貌というものがあり、左翼・進歩的文化人名簿のようなもので、学問的なものではなかった。それと同じようのものだった。竹山は「ビルマの竪琴」という戦争文学の中で非戦の立場から、戦争の悲惨さと人間の苦しみを描いた、左翼の攻撃に竹山道雄の思想には何の影響もなかった。
私は竹山道雄には、安倍能成、田中耕太郎、森戸辰夫、天野貞祐などのオールド・リベラリストというかそんなイメージをもった。また、竹山道雄の「昭和の精神史」は戦前の軍部の行動を全面的に批判している。竹山は共産主義の独裁政治と、日本の軍部の行動が戦争につながったと糾弾しているのである。竹山道雄と昭和の時代は、自分の青春時代を辿りながら読んでいるけれど。極東軍事裁判のところが最高に興味を感じた。
竹山は「ハイド氏の裁き」という論文を「新潮」に書いたが、米国進駐軍の検閲で掲載禁止になった。竹山は「東京裁判は文明の裁きと呼ばれた。しかし竹山は裁かれているのは近代文明だとした。文明は ジキルとハイドの二つの顔をもつ。近代文明は「持てる国」においては気高いジキルの姿をあらわすが「持たざる国においてはハイドの姿になってあらわれる。近代文明は全体主義と結びつくとその悪魔性を発揮すると」。含蓄のある考えである。
レーリング判事と竹山の関係は、これから、ゆっくり読んでいるが、この本でレーリングのこの文章に読むのを中断した。レーリング判事はイタリアの法学者アント―ニオ・カッセーゼに対して「日本が戦争によって望んだものは日本民族の優越でなくて人種の平等であり、日本は国際連盟規約に人種的平等条項を盛り込もうとして提案して拒否されたのだ、と大東亜戦争の遠因に言及しているのである」と。
広田弘毅がA級戦犯として処刑にされたのは、広田が総理の当時の決めた「国策の基準」による植民地解放の方針が「東亜における列強の覇道政策を排除し、真個共存共栄主義により互いに慶福頒たんとするは、即ち皇道精神の具現にして、わが対外発展政策上常に一貫せしむ指導精神なり」とある。これをもって日本が侵略戦争と計画したものと判断され、広田弘毅は死刑判決にされたのである。
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本の感想・・
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金融政策だけでデフレから脱却できる。「期待」で金融政策で作られるからだ。安倍総理の自民党総裁就任以降に起きている円高是正や株価上昇、さらには不動産価格の緩やかな回復を見ても、これはすでに明らかである。
デフレから脱却し、「デフレ予想」という重石(おもし)がとれたところで初めて、本来の資本主義・市場経済が機能し始めます。創意工夫や成功に向けた努力が報われる当たり前の世界がこれから始まるのです。このような真っ当な世界に戻れば、日本経済はまだまだ成長できるのです。
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朝早く起きて、(再発見 吉本隆明―詩人の叡智 菅野覚明 講談社)を読んでいる。私の好きな思想家といえば日本では吉本隆明である。吉本は戦前は日本浪漫派に憧憬し、軍国少年であり、戦後は、マルクス主義に傾倒し、さらに、アウトへーべンして反帝・反スターリン主義の思想家になったのだ。新左翼、ブンド派、トロッキストの青年・学生から圧倒的な支持をされていた。私は吉本こそ、知の巨人であると思う。
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早朝から、古本屋に本漁りしてました。くたくたになるほど。見つけたのは「人間にとって 高橋和巳 新潮文庫」である。新潮社の「波」に連載されたものである。最初の「自己否定について」昭和46年7・8合併号から「国家について」昭和46年7・8号合併号まで、2年のあいだに7編しか発表されなかったのは、その間に、京大闘争、発病、入院、癌との闘病、再入院、そして死という経緯があったからということだ。この本で人間高橋和巳の貌(かお)を読み取りたい。高橋和巳の悲しみの香りを嗅いでみたい。
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「列島融解」濱嘉之を読んでいる。エネルギー問題とか、日本の現在を赤裸々に書いている小説であるが、著者が警視庁公安部、警備課、内閣情報室に勤務した経験で描かれているので、目から鱗である。
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