都内の病院で死去した西岡武夫参院議長の遺体は5日午前9時15分ごろ、最後の生活の場となった参院議長公邸に到着した。公邸では、遺体の到着に先立つ午前9時から弔問の受付が始まり、自民党の森喜朗元首相をはじめ与野党問わず多数の政治家が訪れた。「一票の格差」が問題になった参院選挙制度の改革に取り組んでいた最中の突然の悲報に、弔問客は一様に驚きを隠せない表情を見せた。 民主党の輿石東幹事長は「残念で悔しい思いだ。今の日本の政治状況を心配していた。戦後の日本政治史に残る信念の人で、正義感の強い、尊敬する先輩政治家だった」と悼んだ。早稲田大雄弁会の先輩である青木幹雄元自民党参院議員会長は「こんなに早く亡くなるとは、残念の一言に尽きる。本会議を休んでいたので体は悪いと思っていたが、その以前は元気だったので…」と声を詰まらせた。
平成5年に自民党離党後は行動を共にしてきた民主党の小沢一郎元代表は午前9時半ごろ、公邸を訪れた。民主党では、岡田克也前幹事長や藤村修官房長官、平田健二参院幹事長らも駆けつけた。社民党の福島瑞穂党首は「大変ショックだ。参院選挙制度改革に情熱を傾けてきた議長だった。志半ばで亡くなられたことは非常に残念だ」と述べた。自民党の谷垣禎一総裁は「突然の不法に大変驚いている。慎んでご冥福をお祈りしたい」との談話を発表した。
大変残念ですね。新自由クラブをつくり、田中金権政治と対決した。あの颯爽たる行動は多くの国民は共感した。自民党の利権体質は最高潮に達した。すべて、利権で政治が行われ、政治は最高道徳であるという哲学的倫理観も無視されて、中国・北朝鮮とも・・・もちろん米国とも利権の争奪戦だった。その風潮に挑んだのである。私が思いでがあるのは、当時の新自由クラブの石原健太郎さんの参議院選挙の応援に会津若松市神明通りで街灯応援こられたのである。あのとき、街灯街頭演説の手続きをしないで演説をして大変だった。勇気と正義感のある市会議員が数人新自由クラブにはいり選挙運動は熱心であり、会津若松市では大量得票をした。次点で落選でしたが、大健闘だった。今の政治家に必要なのは「自己の信念を貫く精神の強さである」西岡武夫先生はそのことを実践されたと思う。心からご冥福を祈ります。
|