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菅野久夫さん

 昨日は補正予算の審議が大詰めになり、衆議院通貨は夜遅くなったけれど、親しい知人の告別式に出るために急遽会津に帰り、今日は告別式で弔辞を述べた。政治生活37年多くの人と出会い別れがあった。八田先生の秘書になり落選中の八田先生を事務職員として支えた、二十歳の、頃菅野さんとであった。大海原を航海する船ののように出会うと汽笛をならすように、人生で出会った大切な友人であった。人生とは別れのことだと思う。いろんな愉しい思い出・励ましの笑顔ありがとう。でも、私も病気と闘ってリハビリ中である。菅野さんも病気に勝ってほしかった。また、私ゆっくり話をしたかった。残念菅野久夫さんさようなら。

鈴木重雄先生逝く

 今から、26年前に鈴木先生とであった。身障福祉会の顧問的存在であり、県鍼灸・按・マッサージ会の役員もされた。長い間お世話になったので、自分から喪主にお願いして弔辞を述べた。もちろんノー
原稿である。
「鈴木重雄先生、渡部篤です。訃報に接し人生の無常を感じます。先生とは市会議員の頃からのお付き合いで、もう30年くらいになりますね。身障福祉会の活動を積極的に参加され、障害者のために献身的に活躍されたことは多くの人の知るところであります。県の鍼灸・按・マッサージ会でもマッサージの皆さんの社会的地位の向上のために頑張られました。厚生省の官僚と議論しても負けない理論と実践には、私も心から尊敬しておりました。忘れられないのは鈴木先生が「障害者の地域貢献を訴えられていたことです。」障害者は弱者ではなく、本当に困っている 人たちのマッサージをボランティアでしたり、あるいは国に税金を納めることのできる人間になろうというのが口癖でありました。こうやってお別れの言葉を述べることは痛恨の極みであります。鈴木先生ご苦労様でした。ご冥福を祈り弔辞といたします。」

平成21年3月21日 衆議院議員 渡部 篤

 喪主は御礼の言葉で「父は、自分の人生を最高の人生だったと」最後に言われたと涙ぐんでおられました。」「別れ月 桜の花に 人浮かぶ」「盲人の 生きるささえが 消えていく」心から鈴木重雄先生に合掌である。

加藤初枝 弔辞

弔 辞

故加藤初枝さん、渡部篤であります。訃報に接し人生の無常を感じます。

今から三十六年前、遠い昔のことですが、私は学生の身分ながら八田貞義代議士の私設秘書になりました。私設秘書というより書生のようなことをしていました。その頃、八田先生を車の助手席に乗せて選挙区内をくまなく政治活動をしていたのが、旧姓・長谷川初枝さんでした。若さがほとばしり、八田先生のために献身的に活動されていたその姿は輝いていましたね。何もわからない私が事務所に入り、初枝さんにはいろいろご迷惑をおかけしました。

当時の政治が今と同じように「政治とカネ」の問題で批判されているときに、八田先生は真実一路、「政治は最高道徳」と胸をはって頑張っていました。つらいときも、苦しいときも、先生が落選してどうしようもなくなったときも…事務所のみんなで結束して、八田先生が再起することができたのであります。初枝さんはその先頭で頑張られたのであります。
 また、初枝さんは良き家族に恵まれていました。先日も県立病院に初枝さんのお見舞いに行ったとき、旦那さんと子どもさんが、貴女のまわりにいてしっかりと看病をしていました。旦那さんと、子どもさんが看病されているその姿は、家族の絆・家族愛の風景でした。どんなものにも負けないような感じがしました。しかし、その看病の甲斐もむなしく、黄泉に旅立たれたことは本当に残念であります。

 作家・井伏鱒二は「華に嵐のたとえもあるさサヨナラだけが人生さ」ということを言っています。今、遺影を前にお別れの言葉を述べることは、痛恨の極みであります。初枝さん、「篤君」と呼んでください。もう一度「あつし」と呼んでください。…もう、そんなことも不可能なのですね。「夢で会った人でも、目が覚めたならもはや会うことはできない。同様に、愛する人を亡くしてしまったら、もはや相見ることができない」これは現実なのだと実感させられます。

初枝さん…はっちゃん。もし天国で八田先生にお会いしたのならば「篤君も衆議院議員になり頑張っています」と伝えてください。私も一昨年体調を崩し、現在もリハビリ中ですが、私はもう少しこちらに残ります。私にはまだどうしてもやらなければならないことがあります。それは、会津の政治を保守の良識に戻すことです。その使命を果たすために、政治的恩師である八田貞義先生の御意志を受け継ぎ「いのちを燃やして」頑張ってまいる所存であります。

政治生活三十六年、実に多くの別れがありました。しかし、今日ほど辛い別れはありません。言葉になりません。
はっちゃん…心から加藤初枝さんのご冥福を祈ってお別れの言葉といたします。

平成二十一年三月二十日

衆議院議員  渡 部  篤

西義之先生逝く

 丸山真男と論争した人であり、教科書問題でも教育は国のものかというテーマで正論に書いていた。保守の文化人は、孤高の人が多いように思える。そこには独りでも生き抜く勇気というものがあったと思うのだ。学生運動・労働運動の華やかな頃・・・・言説を曲げず左右の全体主義とくに共産主義・進歩的文化人と活発な議論を展開した西先生の働きは、今日の日本の民主主義に大きな貢献をしたと思う。

 現在、保守系文化人も福田恒存、山本七平、竹山道雄、田中美知太郎レベルの輝く思想家がいなくなった。西義之さんのような見識のある人が本当に必要な時代なのに残念である。ご冥福祈りたい。

早乙女貢

 早乙女貢さんに、会津士魂のいろんな資料はと質問したことがある。そして、徳富蘇峰の近世日本国民史」について、私か質したら、近世日本国民史を丹念に読んだとのべられた。そこで、我が意を得たりという感じがした。歴史小説・時代小説家としての早乙女さんは、会津にかかわる多くの資料を集めたと思う。そんなときに会津史談会等の市井の歴史研究家との交流も多くあったと思う。司馬遼太郎・山岡宗八
のような大上段から歴史を語るのではなく、会津藩士の血を継ぐものとして「会津士魂」は心血をそそいだ歴史小説である。会津士魂をいつも読んで感じるのは師山本周五郎の影響である。会津松平を大げさに美化したり、戊辰戦争を会津の正義の戦争ととらえるのではなく、会津松平・・めそして会津の悲劇としているのである。山本周五郎の権力嫌い政治嫌いはいろんな随筆に書いてあるが、早乙女さんもそんなものがあったと思う。会津を本当に愛したけれども、本当の会津人の明治維新おける悲劇を描き続けたと思う。早乙女さんの死去は本当の会津の歴史を語る人がまたいなくなってしまう思いがする。


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