|
岐阜市立中学3年の男子生徒がいじめを苦にして今年7月にマンションから飛び降りて自殺した。一昨年には兵庫県尼崎市立中学の女子生徒が、いじめられた末に自殺をしたようだし、その前年には新潟県立高校の男子生徒がやはり似たような理由で自殺している。
報道されることがなく、表面化していない同様な事件の数は多いはずだから、「いじめ自殺」の問題は現在の教育界の極めて深刻な課題の一つといっていいだろう。
≪あらゆる人生の段階で≫
それが重要な問題だというのは、いじめられる側においての「戦うことの重要性」が教育現場においても、あるいはさまざまなメディアでもほとんど意識されておらず、したがって指摘されていないからである。
学校の校長や担任教師、地域の教育委員会の人々が、もっと早く問題の所在を把握し、いじめをやめさせるようにしていればよかったのにそうしなかったのが悪かった−という点が、すべてだとの認識で、この問題が論議されているような気がする。
これがなぜ悪いかというと、人間社会のいじめの問題は、単に小中学校や高校においてだけではなく、われわれが生まれて死ぬまでのあらゆる人生の段階で、社会の中に大同小異、常に存在する問題だからである。
したがっていじめられている生徒への教育としては、彼あるいは彼女に「いじめと戦うことの重要性」を教えることこそが、もっとも重要であるのにそれが理解されておらず、実行されてもいないのである。
ここで、私自身の少年時代の経験を語ることをお許しいただきたい。私は昭和10年の横浜の生まれである。だから6歳のときに大東亜戦争が始まった。当時国民学校と呼ばれていた小学校の4年生のときに、戦火を避けるため父の生まれ故郷の島根県の山間部に家族とともに疎開をした。
今では信じがたいことだが、当時その地域には電気もなく、新聞も3日は遅れてくる僻地(へきち)だった。方言も横浜の言葉とは違い、意思もよく通じなかった。体も弱かったので、一対一で田舎の子供と喧嘩(けんか)をしてもかなわない。
≪真っ当な声が無視され≫
峠を越え4キロの道を歩いて小学校に通う途中、毎日十数人の悪ガキによっていじめられていた。崖から下に突き落とされ、「上がってこい」と言われて木の枝や蔦(つた)をにぎって苦労をして崖を上がっていくと、私に向かって並んで小便をしていて、それを頭から浴びるというようなことが日常茶飯だった。こういう具合に散々土地の子供たちにいじめられたので、この状態にどう対処するかというのが大問題だった。
その時の私がどうしたのかというと、ほかにもう一人いじめられっ子がいたので、彼と相談をして、どうすればガキ大将をぶん殴ることができるかを考えぬいたのである。その結果われわれは少しずつ仲間を増やしていき、ある日その全員で、ガキ大将を殴りつけることができた。それは村の神社の前の広場だったが、今でも忘れられない記念すべき日となった。
この経験が私のその後の人生の中で極めて重要な原体験になったのはいうまでもない。この時点で「人生に於(お)ける戦うことの重要性」を学んだからである。
さて話を、冒頭で述べた岐阜市立中学校でのいじめ自殺の問題に戻すが、報道を読む限りでは、いじめられている子供に対して「戦え」という指導は一切行われなかったようである。同じクラスの女子生徒が「私も一緒に戦います。先生、力を貸してください」とつづって提出した事実があったようだが、その至極真っ当な声は無視されてしまったようである。
≪戦後教育の深刻な問題隠され≫
それはどんな時にも「戦うことは良くない」という認識があったからではないかと思われる。なぜそんな認識があったかという点にこそ、すでに75年になんなんとする、この国の戦後教育の深刻な問題が隠されているのである。
日本における戦後という時代の特色の一つは、「平和、平和」という掛け声があらゆる場面で連呼されてきた時代だった。これはむろん、米国による洗脳だったのだが、そういう背後の状況は隠蔽(いんぺい)されて、広く「平和ボケ」と称される現象が発生し、その原因となった「平和教」とでもいうべき一種の宗教的とでもいうほかない感情が広がってしまった。
米国によって書かれて、押し付けられた日本国憲法を厳守し、とりわけその第9条を、世界遺産として残そうというような奇妙な運動が起こっているのも、今に残るその残滓(ざんし)であろう。
昭和時代について書いている歴史家の多くは、日本人の眼で見るのではなくて、敵国だった米国人の眼で見ているケースが多い。だからこそ「東京裁判史観」だとか「自虐史観」によっていると非難されているわけだ。私はその非難を正しいと思っている。悪い慣習を糾(ただ)すことこそが今日の重要課題なのである。(いりえ たかのり)「産経新聞」
教育の最大の目的は「生きる力」である。どんな苦境にあっても強靭な精神がなければ挫折するのだ。こんな、ひよわな日本になったのは現憲法が諸悪の根源である。「天は自ら助くる者を助く」…。
|
保守思想・民族思想
[ リスト | 詳細 ]
|
さすが、日韓関係を最悪の状態に追い込んだ張本人だけはある。とんでもない妄言だ。発言をそっくりそのまま文氏にお返ししたい。竹島を侵略して「自身の領土だと根拠のない主張」をしているのは、韓国の方である。
真実を知らないようだからお教えしよう。
竹島は歴史的に一貫して日本のもので、韓国の主張に根拠はない。遅くとも17世紀初頭から、日本人は漁業の中継地などに利用してきた。証拠となる過去の文書や地図は多い。明治38年に竹島を島根県の行政区画に編入した当時、どの国からも抗議はなかった。国際社会も日本領と認めていた。
先の大戦後、日本が連合国に占領されていた時期に、韓国が竹島の領有権を主張したが、米政府は昭和26年8月、ラスク国務次官補の書簡で竹島は日本領との認識を韓国に伝えている。同年9月調印のサンフランシスコ平和条約も竹島放棄など認めていない。
ところが韓国の李承晩政権は27年1月、沿岸水域の主権を唱えようと日本海に「李承晩ライン」を一方的に設定し、竹島をその中に含め日本の漁船を拿捕(だほ)するようになった。同条約発効(27年4月)により日本が主権を回復する直前の仕業である。 島根県や海上保安庁が28年6月に上陸して領土標識を建て、たむろしていた韓国漁民を退去させた。だが、翌月には竹島に上陸してきた韓国側の官憲が海保の巡視船を銃撃する事件が起きた。29年8月には、巡視船が約200発もの銃弾を浴びた。
北方領土の占拠はスターリンによる国家犯罪だが、竹島占拠は李承晩によるそれである。韓国は、軍が訓練した武装警察部隊を置き、軍事演習も重ねている。
25、26日の韓国軍の竹島演習について、米国務省が「生産的ではない」と不快感を露(あら)わにしたのはもっともだ。
文大統領は被害者意識が強いばかりに自国が加害者である点が分からないようだ。史実に学び、竹島を日本に返還すべきである。産経新聞
竹島は歴史的にも日本固有の領土である。韓国の初代大統領である李承晩は、李承晩ラインをかってに設定して竹島を不法占拠したのである。日本は軍事力もなかったのでなすがままだった。竹島は日本が奪還すべき。 |
|
【門田隆将×深田萌絵Prat3】朝日新聞はず〜っと日本のガン!【WiLL増刊号 #073
月刊WILLも買いました。中西輝政京大名誉教授が対談をしていたので一気に読みました。久保田るり子産経新聞編集委員のファンでもあります。彼女の韓国論は取材力の成果である。
|
|
■冷泉彰彦さん 作家・ジャーナリスト
1993年から米国に住み、国際情勢を観察し続けていますが、日韓の対立については、ほとんど報道がありません。米国の3大ネットワークや報道専門テレビチャンネルでも目にしませんでした。国際報道が比較的豊富な新聞でも「各国の地域ニュース」の延長で解説記事を載せていた程度で、リアクションもまずありません。
米国務省、米国防総省の専門家は韓国への懸念を表明したのかもしれませんが、トランプ米大統領はさほど関心を払っていません。安全保障での日米韓の枠組みが脆弱(ぜいじゃく)となった事態が露呈してしまったかもしれません。 究極の自国第一主義のトランプ氏は、北朝鮮がいくらミサイル発射を繰り返しても、自分の国に届かない射程の短距離ならば問題ないと明言してしまっています。米国と日韓にとって戦略的な脅威かどうかよりも、自身と北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長との個人的な関係に、自信を持っているかのようです。
トランプ氏はもともと、安全保障よりも金銭に換算できる交渉を、それも多国間ではなく一対一でやることが得意と思い込んでいます。ですから、日本と韓国が熱くなっているのは、日本と韓国それぞれからより有利な条件を引き出す好機とすら、思っているかもしれません。
とにかく日本と韓国には、冷静になって欲しい。対立を激化させ続けることは、日韓両国に損をさせるだけで、何も生み出さないということが分かると思います。
いまや米中貿易摩擦や世界的な株安を前に、世界的な景気後退を食い止めるため、各国が手を結ばなければならない時です。世界市場に工業製品を輸出することで国が成り立っている日韓両国がなぜ反目しあっているのか、と世界は冷ややかにみています。両国のメディアや世論さえその気になれば、まだまだ自主的な解決が可能だと考えています。(聞き手・池田伸壹)朝日新聞
いわゆる徴用工、 GSOMIA破棄も、慰安婦問題も、日韓請求権協定、日米韓の安全保障連携も、日韓合意も破って北朝鮮の金正恩と韓半島の赤化狙っている。日本政府は輸出管理強化でも国家理性を示した。 |
|
また、31日のデモ行進を申請していた民主派団体は、警察当局の不許可決定に異議申し立てを行っていたが、30日に棄却された。29日には民主派団体の代表が暴漢に襲撃される事件も発生。民主派団体は31日のデモの中止を決めた。
しかし一部の民主派や若者たちは香港政府が摘発を拡大・加速していることに反発し、31日のデモを強行する構えで、警官隊と激しく衝突する可能性がある。
香港メディアによると、黄氏と周氏は6月21日、中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案の撤回を求めて警察本部を包囲した抗議デモに参加し、演説するなどした。
黄氏は保釈後、「どれだけ逮捕されても香港人は退かない」と強調。周氏も「香港の民主主義のために闘い続ける」と述べた。
6月9日以降本格化した今回の一連の抗議運動は、指導者がいないことが特徴の一つだが、黄氏や周氏は雨傘運動の元リーダー、元幹部としてその動向が内外から注目されている。2人は雨傘運動後に結成された政治団体「香港衆志」の有力メンバーでもある。 このほか、香港独立派のリーダー、陳浩天氏も29日夜、香港国際空港で警官への暴行容疑などにより逮捕された。日本へ渡航する予定だったという。立法会(議会)議員や香港大の元学生会会長(女性)らも30日、抗議運動に関連して逮捕された。
31日のデモは、中国当局が広東省深●(=土へんに川)に武装警察を集結させて圧力をかける中、香港における普通選挙の実現などを求めて、中国政府の出先機関、香港連絡弁公室までデモ行進する計画だった。産経新聞
黄之鋒氏(22)と、学生団体の元幹部、周庭氏(22)が逮捕された。2人は警察当局の許可を得ていない集会への参加を扇動した罪などで起訴され、同日夕保釈。起訴されたら被告人になる、違法で容認できぬ。 |




