夢野久作の「死後の恋」−誰か、この美しいすぎる残酷物語を舞台にかけようとする人はいないのか。はじめて「死後の恋」を読んだのは、終戦後まもなく、十二、三歳のころだと思う。どんな体裁の本だったかは覚えていないが、いずれにしても当時町のあちこちにあった貸本屋で借りたものに違いなかった。久世光彦は夢野久作の「死後の恋」のラストシ−ンには気が遠くなるような鮮紅色の眩暈を覚えたものだ。それは多分、本から感じたはじめての性的な衝動だったと思う。兵士の衣装をつけて男装したロマノフ王朝の皇女の死体が、下半身を剥がされて大樹の幹に吊されている。もうそれで呼吸が止まるくらいなのに、凌辱の痕も明らかなその雪白の下腹部には、赤軍の猟銃によって撃ち込まれた帝政ロシアの秘宝、ダイヤ、ルビー、サフィア、トパーズの数々が、肉の破れ目から垂れ下がった臓腑にこびり着くように輝いていたというのだから、中学生の久世光彦さんは体が白く凍りついてしまった。動悸することさえ忘れ自失してしまったのである。
久世さんはそのとき、様々な光の降り注ぐ巨きな見ていた。黒々と空を シベリアの森、幾抱えもありそうな中央の大樹、皇女の足元に忍び寄るように地を這う微かな霧、 の鳥を失って、これが永遠というかもしれない静寂・・・・・・終幕なのに幕は下りてこようとしなかった。・・・・・・・・・その日から四十年、久世さんの中「死後の世界」は幕は下りないままである。窓から見上げる冬の夜空のスクリーンに、突然それは大きな幻灯のように現れたりする。ある朝は覚めかけた夢の終わりに、何の脈絡もなく現れたりする。「死後の世界」の主人公、ワ−シカ・コルニコフがアナスタシヤの幻影から逃れられなかったように、久世さんは、あのラストシ−ンの幻から解き放たれることはないのだろうか。
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