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渥美清さん・・「寅さんの本を読んでます。「寅は自由だが、自分勝手な自由ではない。自分をおっぽり出して、傷んでいる人、寂しい人、辛い人、重荷を背負っている人を見ると、すっ飛んで行って助けようとする自由です」
「寅には我欲がない己の欲、己中心の欲がない。いつも己を捨てて人を助けに行く」「『男はつらいよ』のテーマは悲しみと自由と愛の三つつですね。私もそんな生き方をしたいですね |

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渥美清さん・・「寅さんの本を読んでます。「寅は自由だが、自分勝手な自由ではない。自分をおっぽり出して、傷んでいる人、寂しい人、辛い人、重荷を背負っている人を見ると、すっ飛んで行って助けようとする自由です」
「寅には我欲がない己の欲、己中心の欲がない。いつも己を捨てて人を助けに行く」「『男はつらいよ』のテーマは悲しみと自由と愛の三つつですね。私もそんな生き方をしたいですね |
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渡邉恒雄読売新聞の『わが人生記』を読み。アナ−キスト詩人の小野十三郎の詩を読み。サッチャ−の『私の半生』、中野孝次の『生き方の美学』も読んで満足です。このブログでいろんなことを書いています。
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渡邉恒雄読売新聞の『わが人生記』を読み。アナ−キスト詩人の小野十三郎の詩を読み。サッチャ−の『私の半生』、中野孝次の『生き方の美学』も読んで満足です。ここ頃、資本主義・自由貿易に批判的になっています。共産主義に共鳴はしないけれど、資本主義の疎外とか、金融資本主義に多くの世界の人が苦労していることうをどうするのか、多国籍企業が弱い国を虐め一パーセントの高額所得が世界を支配していいのか。
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昨日、図書館から、中野孝次氏の「生き方の美学」に秋月悌次郎翁のことが書いてあった。秋月翁は、会津藩士で、文政七年に若松に生まれ、長じて学を江戸に修め、会津藩主に重用された人である。維新の事変の際は、同藩の指導的地位に在って最後まで藩主のために健闘し、そのために一時囹圄の身となったが、武人および為政者としてのその偉大な人格の故に、明治五年に特赦の恩典を受け官に召された。明治十九年には懇望されて教育界に尽瘁することにまり、一高教授として英才の指導に任じて令名があったが、二十二年から高齢の故に退職していた。それを五高長平山太郎氏が再び謂うて五高に迎えたもので、秋月翁を招いて学生訓育の中枢たらしめようとしたものだろう。と中野孝次氏は書いている。ハーンが秋月翁を「この人は神である」としているし。秋月翁について、評論家の松本健一氏は「もう、あんな人はいません。だまっていて、議論はせず、それで誠実で、しっかりしていて、とても近代日本には、もうありません。」と言っているが、中野氏は「かれは、自我を主張することを価値とした近代日本のなかでは永遠に失われてゆかざるをえないような、伝統をまもって生きる人間の正道を踏もうとした懐かしい人であった。」これこそ、最後の会津人だと思う。
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『すでにおのれ黄昏 うす氷の透けるいのちに差す月光』 齋藤史さんのものである。道浦母都子さんに、(黄昏れが輝くひとほど、激しいく深く生きたひとなのだと思う。と書かせている。歌人では女流歌人の斎藤史さんの歌が好きだ。道浦母都子さん、俵万智さん、故人片山広子さんが感銘する歌をつくられた。片山さんと芥川龍之介との恋愛が歌われている。この頃、西行に惚れているから『思ひしるありあけのよなりせばつきせず身をうらみざらまし』『数ならぬ心のとがになしはてじ知らせてこそは身をもうらみめ』 (あの人がわたしに対してつれないことを、物の数でもないわたしの心のせいにして終わってしまうまい。せめてこの恋心をあの人に告げ知らせて、その上で叶わないならばこの身を恨もう。)という西行の歌です。何もかま忘れて
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