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旅人

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生命とは

生命は、われわれの頭上に輝く星空の深淵のように、測り難く偉大で底深いのです。人はその個人の存在という小さな覗き穴から、窺い見ることができるにすぎません。しかもそこに、人は眼に見える以上のものを感知するのです。だからその覗き穴を、とりわけ清潔にしておかなければなりません。カフカ(ヤノ−ホ「カフカとの対話」)
 坂下は悩んだ。ここで、寝たきりになり生きた屍になるのだろうか。自分の携帯電話で地元の事務所と、東京の事務所の秘書たちに怒鳴りちらした。そこで、意識朦朧の中で、本当に自分は生きているのだろうか。ただ、存在すると誤認しているのだろうか。数日前まで、国会で議員として華々しく、たとえ、陣笠代議士であっても、田舎者の地方議員の出身であっても、地元の会津大学のTLOについて、公立大学である会津大学の財政措置などについて、あるいは、日本の食料を守るために日本とオーストラリアとのEPAに反対を強行にしていた。自由貿易イコール日本の世界の幸せなんて考えたことはないのだ。
 
 そんな話はここらへんで止めるが。困ったのは郡山市が自分の選挙区の隣の市だということだ。坂下の病状は黙っていても有権者に伝わると思った。坂下は東京事務所の春日直子秘書に東京の病院に転院することを頼んだ。どこの病院にするのか考えたが、東京医科大学に従兄弟が医師として勤めているから、そこを選んだのだ。坂下「絶対、内緒でしてくれ。俺はもう駄目かも知れないでも郡山にいるよりは、誰も知らない東京の病院に行きたい」と。春日は「わかりました。極秘ですね。代議士の決めたことだから従いますと」私の周り人たち。とくに、家内と子供たちは・・反対した。秘書の春日直子さんが、勝手に決めたと思い批判的だった。あの時は、自分の精神と肉体は同一ではなかった。今、何でという不安と明日への希望のない日々からの脱出を望んだのである。何とか郡山の病院に東京の病院に脱出した。

彷徨

 坂下次郎は倒れてから精神は彷徨していた。意識があっても、母親・兄弟が見舞いに来てくれた。事務所の人たちも全員見舞いに来てもらい、しっかりしないとと、精神的には緊張していた。数週間郡山の病院にいた。最初に車椅子に乗せてもらい、病院の屋上からリハビリの担当者から郡山市内を見せてもらった。でも、嬉しくも楽しくもなかったのだ。本当は生きているのが喜ぶべきなのに、そんなことは何にも考えなかった。病院の私の担当者に病状を丹念に聞いたれど。満足できなかった。彷徨という言葉がある。「肉体ははっきり、郡山の病院にあるけれど、魂はそこら中を彷徨っているのだ。」周りの人に聞く「何で私がここに半身不随でいるのかという安定しない状態だった。テレビも新聞も何にも見たくなかった。でも、生きて再起したいとは思っていた。そんなことは不可能だと思っても。坂下次郎は彷徨の人だった。倒れて体半分の痛みは最高潮に達した。でも、ロキソニンという痛み止めを飲んだけれども効果は薄かった。だから、担当医師が言うように、脳神経の痛みには効果が薄い。ただ慰めのためのものであった。郡山の病院での楽しみはリハビリで歩く練習をすることであった。地元の秘書の春日美恵子さんがお見舞いに来ると杖をもって腰をまげて歩き回り自分なりに喜んでいた。でも、満足は出来なかった。「元気な私と、半身不随の私」とを容認できなかった。
 
 
 
 

冥府

故郷では忘れられ、余所では名もない。それが旅人の宿命だ。「悪魔が夜来る」
マルセル・カルネ(Marcel Carné, 1906年8月18日 - 1996年10月31日)は、フランス・ パリ出身の映画監督・脚本家である。 ... に亡命する中、国内に残留したカルネは、脚本 家のジャック・プレヴェールと組んで『悪魔が夜来る』を発表、政治的にも経済的にも映画 ...
 
私、坂下次郎は、政治一筋に生きてきた。でも志半ばに大病をした。初恋の女性が私に「人生は幸せ半分、不幸が半分だと言ったことがある」そしたら、私はそんなことはない。どんなことがあっても国政で輝いてやると返答した。あれは、福島のホテルで食事をしたときだった。 
 坂下は四年前の今頃に。新幹線で郡山から東京に戻り、国政で国家のために自分は生きているという誇りを持っていた。日々だった。ところが、その夜、猛烈な頭痛になり、救急車で病院に運ばれた。意識はしっかりしていた。住所も家族の名前も言える。しかし、途中から意識は不明瞭になり、夢か現実かわからないものとなり、小さな檻の中にいれらていた。と錯覚して大騒ぎした。坂下は意識はあるつもりだがへんなんだ。坂下は安定剤のデパスの常習である。不安になったり、神経性になったらいつでも飲んいた。家内と娘に大声で・・ 脳内出血で、左半身不随になってもデパスをくれと叫んだ。病院のベッドは狭く檻のように感じた。数日間たったら完全に右脳は破壊されたのだろう。いろんな人の顔がうかぷのだ。何が何だかわなからないのだ。いや、二十歳の時、代議士秘書になってから、市議二期、県議四期、そして、衆議院議員となるまで、お会いした人々の顔が現れて消えて行く。そして、山形県、宮城県、栃木県、新潟県という思い出の場所が風景が景色が出た。そしたら、真っ暗になった。私の前に船があり、白装束で乗っている。話する人もいなかった。これが、地獄への旅なのだ。地獄でなくても冥府・黄泉の国に旅たつのだと。自分の人生で多くの人に迷惑をかけ、してはいけない恋愛もしたし、考えてみれば道徳も倫理もなかった。やりっぱなしのデタラメである。覚悟して冥府に行くことを思ったのだ。天国にはいけないと思った。
 意識がはっきりして、まだ、生きていると実感したときに、それにしても、看護婦さんは天使に思ったのだ。意識朦朧としていても、笑顔で励ましてくれたことは忘れることはできない。一つ恥ずかしかったのは、寝たきりだったので、大小便も全部してもらった。意識はないのだが、正確にないのだが、体を洗われた時、体を洗ってくれている病院の職員かな、看護婦さんではなかったと思うが、私の下腹部のへんをさすったら、性器が大きくなったので、どきっとしたら、洗っている人が、この人変態じゃないのと笑っていた。でも、反発も文句も言えなかった。坂下次郎はこれからが試練の連続だった。ただ、坂下は思った。脳内出血で即死したら、ヒーロになれただろう。徒手空拳で地方議員から衆議院議員にもなり、破天荒な恋愛もデタラメな遊び・・・旅にも行っ是文た。民主党の大物政治家と接線にもなった。ここで散っても満足であると。東京の公設秘書の佐藤直子さんは、石原裕次郎も美空ひばりも、「ヒーローは還暦前に他界している」人生とはそんなものだねと言ってくれた。励ましなのか、なんだかわからなかったが。真実だろう。坂下は作家江藤淳が脳梗塞になり「今の江藤淳は・・江藤淳ではない」と自殺したことを思い出していた。江藤淳は奥さんが先に他界されたこともあるが、江藤も惨めな自分の姿を許すことができなかったのだろう。坂下は思つた。生きよう。生かされている。どこまで生きるかわからないけれどと。どんな姿になっても。
 
 
これはフィクションですからよろしくお願いします。
  1. めい‐ふ【冥府】

    死後の世界。冥土。特に、地獄。閻魔(えんま)の庁。

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