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今日のBS・NHKの番組で梅原猛さんの対談を見た。3・11は自然の怒りかもしれないと・思索を重ねたことが語られた。梅原さんは、、生まれは仙台であり、母は石巻であるので。今回の地震・津波は人ごとでなかったとも。とくに漁民のことをきにしていたとも。梅原さんは、復興会議に政府から懇願されて、復興会議の名誉会長に就任した。会議で原発を抜いて討議しょうということに頑強に抵抗した。原発抜きの復興会議は許されないという梅原さんの見識があったと思う。当時の管総理は脱原発にふみきった。梅原さんは地震・津波・は文明の災い。とくに原発は人災だと。そこで、世界の先進国が原発を稼動しているなかで。文明のありかたが問われている。産業革命は石炭から原子力を使うことで発達した。ルネ・デカルトは自然もかえることができるというものであると。「われ思うゆえにわれあり」という合理主義の思想の挫折かも。と西洋哲学は行き詰まると梅原は何回も言う。もちろん、原発には懐疑的であるよに思えた。
人間が自然を支配する西洋哲学ではなく、東洋哲学に人類に未来をみているようだ。狩猟採集民族は鮭・動物を生きとしいけるものに感謝する。縄文文化でアイヌに残った生き方は狩猟採集社会は自然と共存するということだとしている。また、アイヌは日本民族と同じものであるとも。 さらに、世界にもエコレジカルなものであると。エジプトでは、太陽や水を「ラ−の神・水ナイルも神」のようにしていたとも、日本でも「天照らす神・水の観音信仰」・・・・自然科学は地動説であるが天動説にもどるべきだとも、これは現代世界へのアイロニーだと思う。今こそ、人類はの原文明に戻れというのだ。86歳の梅原猛の情熱に・・・国難に立ち向かう姿に感銘である。まとめとして、梅原さんは「草木国土悉皆仏性」に人間の生き方を問う。 ・・・・『草木や国土のように心をもたないものでさえ、ことごとき仏性があるから成仏するということ。なのである。
京都学派が、「近代の超克」で、「世界史の哲学と日本の立場」で西田幾太郎の思想を止楊させたけれども、高坂正顕、鈴木成高、高山岩男、西谷啓治とうの哲学者は戦争というアクシデントによって学問が翻弄されてしまった、でも、梅原さんは哲学の根本を思索する今が新たなことができると思う。今日は知的な面白い対談であった。
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学者・知識人
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『純粋の声』という文章のなかで彼はこう書いている。「あらゆる芸術に於いて、処女は歌われるものであって、自らは歌えぬものである」三島由紀夫
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日本国内の米軍基地は独立国家に温存された劣悪な租界と断じている。佐久田氏は中国の旧租界の構造物や基盤設備は、今も都市機能として十分役立っているものが多い。これに対して米軍基地は半世紀にもわたり治外法権を握ったまま外部世界と断絶されたままで、たとえ米軍が出ていったとしても、日本にとって役立つものは何も残されていないだろうと指摘しています。こんな現代租界をこの国は九十施設、面積にして三億一千平方メートルも抱えこんでいるのだ。石原慎太郎「アメリカ信仰をすてよ」
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スタンダ−ルのいう幸福は、たんに歓喜にうちふるえる感覚的幸福以上のものであり、魂の奥底からわきおこる力にかかわっているり幸福とは、人が全然霊をそこに賭ける自己没入、心の躍動、敢闘である。幸福はかならずしも行動と結びつかず、財産や成功とはまったく無縁である。平俗な現実が消滅する精神的陶酔、すべてを忘れしかも最高の意識が存る瞬間であり、それは一つの開花である。彼のいう幸福にちかいものとして、愛情の極限の状態、芸術作品があたえてくれる法悦を想像することができる」
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モオツアルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる。空の青さや海の匂いの様に、「万葉」の歌人が、その使用法をよく知っていた「かなし」という言葉の様にかなしい。・・・・・
小林の直截的な感性の言葉に満足ですね。
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