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「あらゆる大衆運動は、その支持者の内部に死の覚悟と統一行動への傾向を生み出す。あらゆる運動は、どのような主義を説こうと、どのような綱領を打ち出そうと、狂信、熱狂、熱烈な希望、憎悪、そして不寛容を育てる。運動は全て生活の一定の分野における活動の力強い流れを放出することが可能である。そして運動は全て、盲目的な信仰と一筋の忠誠を要求するのである」哲学者    エリック・ホッファー
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政治学者のハンナ・アーレントは、全体主義の本質は大衆運動であり、政策・イデオロギーの一貫性はないと喝破した。つまり、構造がない。中心は空虚なのだ。そこででは責任の所在が曖昧になり、事実は目的のために捻じ曲げられる。権力と大衆は共犯関係になり、運動の継続だけが重要になる。それで、責任を回避しながら、次々と新しい話題を打ち出すわけだとしている。
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適菜収氏はわれわれが取り戻すべきは「ファクトの厳粛さ」であるとして、かつて三島由紀夫はこう述べた。「現在の政治状況は、芸術の無責任さを政治に導入し、人生すべてがフィクション化し、社会すべてがテレビの観客化しその上で行はれることが最終的には芸術の政治化であって、真のファクトの厳粛さ、責任の厳粛さに到達しないといふところにあると言へよう。」
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哲学者適菜収氏の小池劇場批判を新潮45・7月号で読んでいる。

適菜収氏は、小池劇場を次のように書いている。小池百合子とは大衆社会が生み出した空虚な政治家である。誰も反論しょうもないことを大上段から諭すだけで、政治的信念も主張もゼロ。だが、それだからこそ人気を集める。小池劇場とは「大衆運動」なのである。

「政治哲学者のハンナ・アレンとは全体主義の本質は大衆運動であり、政策・
イデオロギーの一貫性はないと喝破した。つまり、構造がない。中心は空虚なのだそこでは責任の所在が曖昧になり、事実は目的のために捻じ曲げられる。権力と大衆は共犯関係にあり、運動の継続だけが重要になる。それで、責任を回避しながら、次々と新しい話題を打ち出すわけだ。」適菜収

小池劇場について、適菜収氏はアレンとの言葉で締めくくる。現代の悪は根源的なものではなく、陳腐で表層的なものとして現れる。そして悪意すらない人間、凡庸な人間により拡大していく。ワイドショーを見ているうちに、巨悪に加担してしまうのが今の時代だ。
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古代ローマの文人政治家キケロは、「武器のあいだでは法律は沈黙する」と言っています。立派なことを規定していても、平時でなくなれば、法は破られかねないのです。

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日本国憲法のような、「非現実な法制を放置しておくと、法は沈黙することになりかねません。この点を重視するなら、非常時に耐えうる憲法とする努力をする者こそ真の立憲主義者だ、と思うのです」加藤秀次郎東洋大学名誉教授

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