|
神谷美恵子の若い時の文章で「悲しみをてこにして飛躍すること、悲しみや苦しみの中になずむな、それにきよめられ、きたえられ、優しくされよ」彼女はこれを信念として、凛とした姿勢で生きた。pic.twitter.com/UqoHyHQ8Bv
|
思想家
[ リスト | 詳細 ]
|
ローマ時代の皇帝マルクス・アリウス(紀元二世紀)が記した『自省録』は最高の本である。皇帝は自己に語りかけているのだが、私たちに
|
|
|
|
戦後、知識人で、最初に大東亜戦争と呼んだのは、新京都学派の哲学者上山春平だと思う。日本が昭和20年に敗れた戦争を「太平洋戦争」ではなく「大東亜戦争」と呼んでいる。彼は「太平洋戦争」はあくまで戦 勝国アメリカの視点に立つ呼称でありとしている。
戦争当事者による東京裁判を、上山はそもそも認めない。東京裁判は、「連合国=正義/枢軸国=悪」という単純かつ誤った図式で、戦勝国が敗戦国を裁くものだったからだ。 どちらかが一方的に良くて、どちらかが一方的に悪いというような喧嘩や戦争は無い。
上山は次のように述べている。東京裁判、そして戦後の世界秩序を決定したのは、実際には力の論理にしたがいながら倫理的な偽装をほどこそうとする「戦勝国」アメリカの欺瞞であり傲慢であり、それは数十年後に「テロとの戦い」と称した侵略行為で馬脚を現す。・・ことになったと。
だが同じ占領期に制定された日本国憲法については、「アメリカ政府の『俺たちは平和愛好国民だ』という独善的な前提に立脚」していると断じながらも、「押しつけられた憲法だといいきるほうがいいのではないかとしている。つまり、戦争体験者として、憲法9条に憧憬があったのではないのだろうか。
左翼は上山は「憲法九条の不戦の規定である」と評価していると言い切るが、上山は、日本国憲法の原典はパリ不戦条約にあったことを知っていたのだろう。新京都学派の上山は、京都学派の『近代の超克』『世界史の哲学』の思想的影響もあると思う。
|
|
神谷美恵子の若い時の文章に心癒される。何回も、ツィッターにも、ブログにもfacebookにも書いているが、もう一度書きます。「悲しみをてこにして飛躍すること。悲しみや苦しめの中になずむな、それにきよめられ、きたえられ、優しくされよ」彼女はこれを信念として、凛とした姿勢で生きた。
|






