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英国に今から200年前に痩せた背の低い、始終病身な一人の学者がいた。この人は世の中に知らないで、何も用のない者と思われて、始終貧乏して裏店のようなところで住んでいた。
「あの人は何をしているのかと?」と人にいわれるくらい世のなかに知られていない人で、なにもできないような人だった。しかし彼は、一つの大思想を持っていた人でありました。その思想とは「人間は非常に価値あるものである」「一個人は国家より大切なものである」という大思想を持っていた人であります。 その人こそジョン・ロックでありました。内村鑑三は「思想を残すことは大事業であるとしています。もしわれわれが事業を残すことができにならば、思想を残して、そうして将来にいたってわれわれの事業をなすことができると思う。 「参考 世界一退屈な授業 適菜収」 |
思想家
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西田幾多郎の「学問的方法」という講演が書いてある本を読んでいる。西田の講演の部分から、私の興味のある部分を紹介します。時というものは、単に過去から未来への直接的に動き行くものではない。それだけでは時の自己同一はない。時は直線的なると共に円環的で「なければならない。時の背後に空間的なものがなければならない。
時は現在が現在自身を限定するということから成立するものである。現在が現在自身を限定するということは、過去と未来とが現在において結合し、(絶対に結び付かないものが結び付くが故に)矛盾的自己同一として、作られるものから作るものとして動いて行く。そこに時というものがある。言わば、かかる変じて変ぜざる矛盾的自己同一というものを、先ず歴史的精神と考えてよい。
世界歴史の舞台から離れて何千年来孤独的に発展した日本も、かかる矛盾的同一として生々発展して来たったのである。その間幾多の矛盾や対立があったであろう。また時代から時代へと種々なる変化があったであろう。しかしどこまでも皇室を中心として自己同一を保って来た。そこに日本精神というものがあった。然るに今の日本はもはや世界歴史から孤立した日本ではない。我々は世界歴史の舞台に立っているのである。我々の現在は世界歴史の現在であるのである。
言わば、これまでの日本精神は比較的に直線的であった。しかしこれからはどこまでも空間的とならなければならない。我々の歴史的精神の底から(我々の心の底から)、世界的原理から生み出さなければならない。皇道は世界的とならなければならない。今日多くの人は、、多くの弊害がただ外来思想の輸入より来ると言う。しかし外来思想を防ぐと言うには、特殊を以て一般に対することによって能くし得られるのでなく、我々の心の底から世界的原理を創造せなければならない。
昭和17年〜18年の中央公論の座談会「世界史的立場と日本」(昭和18年主版、西谷啓治、高山岩男、
高坂正顕、鈴木成高)と昭和17年の「文学界」の座談会「近代の超克」(京都学派としては、西谷、鈴木、下村寅太郎)の二つの座談会は西田幾太郎の「日本はもはや世界歴史から孤立した日本ではない。我々は世界歴史の舞台に立っているのである。我々の現在は世界歴史の現在であるのである」という思想に基づいているのではないのか。大東亜戦争の日本の思想は京都学派の思想そのものであると思う。
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「人間はまことに不合理だ。彼らは自分の持っている自由は少しも行使しないで、自分の持っていない自由を要求する。彼らは思索の自由をもっているのだが、言論と執筆の自由を要求する。」『あれかこれか』
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英国の生物学者リチャード・ドーキンスは「生物は、自分の遺伝子を残すために、肉体という乗り物をつぎつぎと乗り換えていっていると。この乗り物とは、すなわち子孫の身体のことである。遺伝子は自分の子孫を絶えず作り、それに乗り換えることをくりかえす。それが生物だという。そこで「利己的遺伝子」と云われる。
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フロイトが「文化の不安」という論文で文明というものは、もともと人間の幸福のために作られたものに、かえって、それが進歩すればするほど、人間の幸福と敵対するような要素があらわしはじめる、というのである。
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