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「私は日本民族の思想の根底となつたものは、歴史世界の自己形成の原理であつたと思ふ。東洋の一孤島に位し、何千年来、殊ど閉じられた社会として、独自の発展を成し来つた日本民族には、日本と云ふものが即世界だった。日本は縦の世界であつた。日本精神は日本歴史の建設にあつた。併し今日の日本はもはや東洋の一孤島ではない。閉じられた社会ではない。世界の日本である。世界に面して立つ日本である。日本形成の原理は即ち世界形成の原理にならなければならない。 此処に現今の大なる問題があると思ふ。もっとも戒むべきは、日本を主体化することでなければならない考へる。それは皇道の覇道化に過ぎない。それは皇道を帝国主義化することに外ならない。これまでは日本は即世界であつた。皇道とは我々がそこからそこへといふ世界形成の原理であつた。日本は北條氏の日本でもなく、足利氏の日本でもなかつた。日本は一つの歴史的主体ではなかつた。我々は我々の歴史的発展の底に、矛盾的自己同一的世界そのものの自己形成の原理を見出すことによつて、世界に貢献しなければならない。それが皇道の発揮と云ふことであり八紘一宇の真の意義でなければならない。云ふまでもなく歴史は事実の歴史であり、力の世界である。種が行動の主体化とならなければならない。
我々の歴史の根底にある世界形成の原理を発揮すると云ふことは、日本が歴史的主体でなくなると云ふことではない。歴史的世界形成の原理は、個別的多と全体的一との矛盾的自己同一として、個別は何処までも個別的なると共に、全体的一として主体は何処までも主体的となる。種は何処までも種となると云ふことでなければならない。而して作られたものから作るものへとして、世界は公の生産に於いて結介して行く、即ち歴史的創造に於いて一となつて行くのである。」(『日本文化の問題』)
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思想家
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最後の審判の日の朝がきて,偉大な征服者,法律家,政治家たちが彼らの報いー宝冠、月桂冠、不滅の大理石に永遠に刻まれた名前などーを受けにやってくるとき、神は、私たちが脇の下に本を挟んんでやってくるのをご覧になって、使徒ペテロのほうに顔を向けられ、羨望の念をいくらかこめて、こういわれるでしょう、「さて、この者たちは報いを必要としない。彼らに与えるものは何もないのだ。この者たちは本を読むのが好きだったのだから」ヴァージニア・ウルフ。 (ヘイズ・コート女子学校での講演、(抜粋)1926年1月
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国会前で、地方公聴会前で、議会制民主主義(間接民主制)を否定する左翼全体主義者にハンナ・アーレントの次に言葉を提示したい。ハンナ・アーレントは1951年の著書「全体主義の起源」で、ファシズムやナチズムを「全体主義」としたが、いずれも共産主義に影響を受けているものだと記した。
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「あらゆる政治行動の原動力は権力(暴力)である。政治は政治であって倫理ではない」マックス・ヴェーバー 『職業としての政治 岩波文庫』
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西洋のレトリックは、ギリシア民主政治の産物なのであって、一般の市民たちを説得するための工夫から成っている。東洋風の専制政治を土台とするシナ人の文章、修辞などとは、その根本において大いに異なるところがあると言わなければならない。『ギリシア思想家集 総説』田中美知太郎
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