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世界経済の中心が、欧米から中国やインドを中心とするアジアに再び戻ってきているのだ。実は、19世紀の中頃まで、歴史のほとんどの時代、世界の経済大国は中国とインドだった。アンガス・マディソンの推計によると、1820年の時点で中国の世界のGDPに占めるシェア−は28・7%インドのそれは16・0%だった。両国で44・7%。中国とインドで世界のGDPほぼ半分を占めていたのだ。

金森久雄

経済の評論を仕事するものは、あやまりをおそれてあたりさわりのないことをいってはならない。
グローバル化の中で民主主義は衰退を余儀なくされている、という「民主主義の赤字」論である。グローバル化した巨大企業が経済的、政治的、司法的なルールを左右するほどの強力な存在となり、民主主義の後退をもたらしたと批判する。
参考「社会をデ−モン化する政治」 小川有美 世界2012・2
TPP交渉参加はなぜ危険か 「開国せよ」の悪質さ
2011.11.21 03:37 (1/4ページ)通商・貿易
 この13日に野田佳彦首相が環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加を表明した。「参加へ向けた交渉」ではなく「交渉へ向けた参加」という曖昧なもので、TPP参加が決まるわけではなく、交渉次第では不参加はありうる、ということになっている。賛成派はいう。TPPの大きな意義は域内経済の自由化へむけたルール作りであるから、日本の国益を反映させるべくルール作りに参加すればよい。もし日本の国益に反すればTPPに参加しなければよい。そもそも、交渉の舞台にさえ上らないのは不戦敗である、と。
 形式論としてはその通りであろう。しかし、まさにTPPとは政治的交渉なのである。日本にそれだけの政治的交渉力や戦略性があれば苦労はしない。1985年のプラザ合意あたりから始まって、1990年代の日米構造協議やいわゆる構造改革という流れのなかで、明らかに日本はアメリカ流の個人主義的で能力主義的で金融中心の資本主義に巻き込まれていった。それが日本の「国益」になっておればよいが、誰もそうは思わないであろう。この十数年の名目成長率がほぼゼロに近いという事態をみて日本の「国益」が増進したなどというわけにはいかない。この十数年、日本は明らかに規制緩和を行い、市場を開放し、金融を自由化し、グローバル化をそれなりに推進してきた。つまり「国を開いてきた」のである。その「開国」の結果、日本は海外の安価な賃金と競争し、企業は工場を海外へ移転することとなった。それは日本にデフレ経済をもたらした。「開国」すなわち「グローバル化」がこの十数年のデフレ経済の唯一の要因ではないものの、その重要な背景をなしていることは間違いない。そして「開国政策」であった構造改革は決して日本経済を再生させなかったのである。
 とすれば、いまだに、TPPで日本は「開国せよ」などという論議があるが、これはまったくもって悪質な宣伝というべきである。しかも、それが日本の交渉力を弱める。日本は決して国際経済で孤立しているわけでも国を閉ざしているわけでもない、すでに十分に開国している。問題はいかにして、どのように国を開くかにある。もっと正確にいえば、どこまで「開き」、どこを「閉じるか」が問題なのだ。それは政治的交渉力に依存するしかし、その場合に、「国を開くことは善」であり「日本は国を閉ざしている」などという前提から出発すれば、日本経済を全面的に自由化すべし、というアメリカの要求にどうやって対処するというのであろうか。これでは、最初から、「われわれは国を閉ざした変則国家です」といっているようなものである。もしこの状態で「国益」のためにTPP参加を断念すると宣言すれば、それは「日本はグローバル・スタンダードに従わない独善的国家だ」といっていることになる。この悪評をはねのけて、それでも「国益」のためにTPP不参加という決断を下すだけの政治力と信念があるとは思えない。とすれば、事実上「国益」などとは無関係に、全面自由化、市場開放、競争力強化といった名目でアメリカ主導のルール作りに巻き込まれてゆくことはほとんど目に見えているではないか。
 実際には、「国益」というものは、それほど簡単には定義できない。賛成派も反対派も自派こそが「国益」を実現するというが、「国益」を測るのは難しい。「国益」を仮にGDPの増減という経済的効果で測るとしても、試算によって大きく見解が分かれるようで確定的なことはいえまい。そもそもルールがまだ決まっていないのだから、本当は試算などやりようがないのである。
 私は、TPPの具体的な様相について詳しいわけではなく、その効果についても特に意見があるわけではない。ただこういう場合には「原則」に立ち返りたいと思う。そして、「原則」からすればTPPにはたいへんに大きな危惧をもたざるをえない。それはこうである。経済活動は、いくつかの「生産要素」を使って「生産」を行い「生産物」を市場で配分してゆく。「生産要素」の代表は「労働」「資本」「土地・資源」であり、さらにそれらを機能させるための装置というべき「交通ネットワーク」「医療・教育」「食糧」「社会秩序・安全性」「人間関係・組織」も広義の生産要素である。
 確かに、生産物は、多くの場合、市場の自由競争に委ねてもよい。しかし、生産要素は容易には市場化できないし、そうすべきではない。生産要素が不安定化すると、生産体系まで不安定化するからだ。だから、労働、資本、資源、食糧、医療、教育、交通、といったものはある程度規制され、決して市場の自由取引に委ねるべきものではない。それはわれわれの社会生活の安定性と深くかかわっているのである。
 ところで、今回のTPPで問題となるのは、まさにこの「生産要素」の市場化と言ってよい。労働、投資・金融、農業、医療、公共事業(政府調達)といった争点はすべて「生産要素」に関わり、それは容易に自由化すべきではない。これが「原則」だと思う。ところが今日のアメリカ型の経済は、生産要素も生産物も区別しない。市場経済も社会生活も重なり合っている。すべてが自由競争原理でよいと見なしている。ここに、経済観の大きな違いがある。私には、人間の社会生活に密接に関連した生産要素や公共的資産を自由な市場取引から保護することは、決して「特異」で「閉鎖的」な経済観とは思われない。それを「国を開くか、閉ざすかの選択だ」などというレトリックでごまかすわけにはいかない。(京都大学教授・佐伯啓思=さえき けいし)

トーマス・シェリング

トーマス・シェリング(Thomas Schelling, 1921年4月14日)は、アメリカ経済学者政治学者。1921年カリフォルニア州オークランド生まれ。1944年カリフォルニア大学バークレー校を卒業、1951年ハーバード大学で経済学Ph.D.を取得。戦略研究の権威として著名。
シェリングの最も有名な著書は、1960年に発表された『紛争の戦略』(The Strategy of Conflict)である。この著書は交渉と戦略的行動に関する先駆的な研究を記述したものであり、1945年以降の西側諸国で最も影響力のある100冊のうちの1冊として賞賛された。
1971年、シェリングは論文 "Dynamic Models of Segregation"(住み分けの動学的モデル)を発表し、たとえ白人と黒人が隣同士で暮らすことに抵抗がなくとも、いつの間にか白人が多く居住する地域と黒人が多く居住する地域に分かれてしまう理由をゲーム理論(マルチエージェントシミュレーション,Multi-Agent Simulation,MAS)的に説明した。シェリングはこの住み分け現象を隣人に対する寛容性あるいは我慢の強弱に起因するものであると仮定し、この論文は人種問題を扱う数多くの文献に引用された。
2005年、シェリングはゲーム理論の分析を通じて対立と協力の理解を深めた功績が称えられ、アメリカイスラエルの二重国籍を持つ経済学者ロバート・オーマンとともにノーベル経済学賞を受賞した

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