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北条早雲の訓戒と伝えられる、『早雲寺廿一箇条』には。次のようなことが述べられている。
有るをば有るとし、無きをば無きとし、有りのままなる心持、仏意・冥慮にもかなふと見えたり。(中略)祈るとも心曲がれば、天道に放され申さんと慎むべし。
この世界の中で真に頼むに値するものは、有るものは有る、無いものは無いとする精神だけだ。これはまた、人間世界のみならず、神や仏にも必ずや通じるものなのだ。菅野覚明は一は一であるということを決して曲げないところこそ、天地宇宙を通じて唯一つ確実な処り所である。相手が神であれ佛であれ、己の頼むべき所はそこにしかない。これこそが、武士の発見した「哲学」だったのである。
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好きな・感銘した文章
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伊東静雄は、(宵を浅み建礼門の上に出し明星いまだ光放たず)と歌っていた。又、「夜の葦」を歌ったころ、(ひとり金星が 樹々影絵のはるかうへに、ゆらゆらと光りゆれながら わたしを時間のうちへと目覚めさす)金星とも歌っている。彼は弟子の庄野潤三らと一緒にコンドルという酒場で呑みながら、
「君、僕は日本の金星だ。夕方、一番最初に現われて、美しく、明るく光つてゐる金星だここにゐる若い友人たちもみんな金星だ。」(「祖国」・伊東静雄追悼号、庄野潤三 「反響」のころ) |
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(豊饒の海)全巻完結後の世界を想像することが怖ろしのは、、「それでこそ決定的に、この浮遊する二種の現実が袂を分ち、一方が廃棄され、一方が作品の中へ閉じ込められ」て、完全に自由の根拠を失うと予感されたからである。とりも直さずそれは、書くことの必然性と同時に、生の根拠を失うことに他ならなかった。
その深い絶望に陥ることの危惧を披歴した後で三島は突然、吉田松陰の「身亡びて魂存する者あり、心死すれば生くろも益なし、魂存すれば亡ぶるも損なきけり」(高杉晋作宛獄中書簡)との言葉を引照し、心も肉体も両方生きていることは実にむずかしい」と述壊している。
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美しい恋物語は、必ずしも上流階級だけのものとは限られない。まるで名もない男女が世界の片隅ではじまる物語が、ときにはどんなに素晴らしいメロドラマをも凌ぐことだってある。だが、名もないふたりの恋が世界中に名をとどろかすときには、きっとなにかが復讐しにやってくる。歴史というのは、とっても嫉妬深いものだから。―思いださないで―寺山修司
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上山春平は「深層文化論序説」の中で、三島の死についてふれ、「2・26事件の青年将校たちや特攻隊員の気持ちのなかでも、三島さんと同じように、天皇の存在が大きな比重をもっていたことは否定できまい。そういう死・天皇・危機意識、といったあたりに確かに相通じるものがある。」 上山は天皇というものは近代の理論を超えた存在で、説明困難であるが、「にもかかわらず、この説明しがたいものが、日本の社会、日本の文化を深く理解するための鍵を秘めている」と指摘している。
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