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「アラン アンドレ・モーロウ 佐貫 健 訳 みすず書房」を読んでいる。モーロウは、アランと最初に逢ったことを次のように書いている。私たちの哲学級の教室に、ひとりの若い、たくましい、神秘的な、そして快活な男が入ってきて、黒板にギリシャ語で「魂のすべてを挙げて真理に赴かねばならぬ」と書きつけるのを見たあの十月の日、私にとって世界が一変したあの日のことは、すでに回想録のなかで試みに語ったところである。いまは冒険にむかって出発するよりほかに道はない。
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好きな・感銘した文章
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確か「アンネの日記事件」で逮捕された男の年齢と出身地は報道されていましたがそこまで。果たして単独犯なのか、または犯行は単独であってもその背景に何らかしらの影があったのか。そもそも報道ではこの男の国籍にも触れていなかったような。果たして日本人による犯行であったのか。謎だらけ。野口健
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有島武郎のエッセイに、『惜しみなく愛は奪ふ』がある。「愛は略奪する烈しい力だ」「愛は個性の飽満と自由とを成就することにのみ全力を尽くしてゐる」有島は壮絶な愛を求めて去った人だったから。
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神谷美恵子は「旅の終わり」に、次のように書いてある。人類史がこれからどうなって行くかはわからない。果たしてテイヤール・ド・シャルダンの壮大な夢のようになるだろうか。いずれにせよ、人類は生きるかぎりこころのよろこびを必要とし、こころのよろこびのあるかぎり人は存続するだろう。たとえ廃墟の中からでも新しい生活と文化を築いて行くことだろう。
生命の流れの上に浮かぶ「うたかた」にすぎなくても、ちょうど大海原を航海する船と船とがすれちがうとき、互いに挨拶のしらべを交わすように、人間も生きているあいだ、さまざまな人と出会い、互いにこころのよろこびをわかち合い、しかもあとから来る者にこれを伝えて行くようにできているのではなかろうか。
じつはこのことこそ真の「愛」というもので、それがこころの旅のゆたかさにとっていちばん大切な要素だと思うのだが、あまり大切なことは、ことばで多くを語るべきことではないように思われる。それでは、これはヒトのこころの旅がかなでる音楽の余韻のようなものにとどめておくことにしたい。
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「いつ死ぬかわからない」という思いにつきまとわれていれば、毎日の生命をたいせつに生きる心も自然に湧いてくる。他人の生命も一層たいせつに思えてくる。この広大な宇宙の中で、たまたま、時と所を同じうして生まれあわせたことの「縁」は並々ならむものだ、と思えてくる。その人たちて力をあわせて、あとからくる人たちのために、少しでも美しい世を残したいという気持ち起こってくるのではないのだろうか。 神谷美恵子
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