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神谷美恵子の「遍歴」はこう結んでいる。「それにしても生きるとは何と重いことであろう。私は今ライの患者さんに一番親近感をおぼえている。彼らのところへ15年間ちかく通えたのは一生のよろこびであった。何もしえなかったが、彼らの心の友とさせて頂いたことが光栄である。社会の底辺の人こそもっとも大切にすべき人だちだ、との思いを深めている。一生、ちどり足のような遍歴だったが、彼らにめぐりあえて、交わりをつづけられたことを最大の恩恵と考えている。どうか彼らに最後まで恵みの与えられんことを」
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好きな・感銘した文章
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私は裏の林を抜けてサナトリウムに帰った。そしてバルコンを迂回しながら、一番はずれの病室に近づいて行った。私には少しも気がつかずに、節子は、ベッドの上で、いつもしているように髪の先きを手でいじりながら、いくぶん悲しげな目つきで空を見つめていた。 - 風立ちぬ
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やがて風が少し出たと見えて、私達の背後の雑木林が急にざわめき立った。私は「もうそろそろ帰ろう」と不意と思い出したように彼女に言った。私達は絶えず落葉のしている雑木林の中へはいって行った。私はときどき立ち止まって、彼女を少し先きに歩かせた。 - 風立ちぬ
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始めてこの女に会った時分、――あのダイヤモンド・カフエエの頃のナオミの姿がぼんやり浮かんで来るのでした。が、今に比べるとあの時分はずっと好かった。無邪気で、あどけなくて、内気な、陰鬱なところがあって、こんなガサツな、生意気な女とは似ても似つかないものだった。〔痴人の愛〕
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女が一人籬を越してぼんやりと隣家の庭を眺めてゐる。「何を考へていらつしやるんです。」と彼女に一言訊ねてみるが良い。彼女は袖口を胸に重ねて、「秋の歌。」もし彼女がそのやうに答へたなら止めねばならぬ。/冬の女
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