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渡辺淳一の「愛の流刑地」を読む。この小説は、作家が女を愛して…。愛しすぎて殺してしまう。その犯罪人の作家は書き記している。「男と女の違いであり、そこから生じる性の相剋である。それは見方を変えたら、女の情熱に対する男の虚構の挑戦であり、その結果、最後は男だけ無残に滅びていく」と。
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好きな・感銘した文章
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男女の愛とは、渡辺淳一が小説「愛の流刑地」で述べているように「他人が、そんなドロドロは嫌いだといい、そんなことをしていては一生を台無しにする、といったところで慌てたり怯むことはない」「何も知らない奴なぞ、ほっとけ…」。
「それどころか、そこまでの深さも知らず平凡に生き、なにか燃えきれぬ思いを抱きながら死んでいく、そんな一生なぞ、真っ平ごめんである。この世に生まれた以上、一度はいま、この一刻のように燃え狂いたい」渡辺淳一「ふゆか 俺はこの流刑地にいるよ、だって此処は狂ったほどおまえを愛して、死ぬほど女を快(よ)くした男に与えられた、愛の流刑地だから」渡辺淳一の「愛の流刑地」の最後の文章。 |
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社稷存亡の秋(とき)に方(あた)り闔藩こぞって、国難に殉じた。その日月を貫く忠誠、風霜を凌ぐ勁節を、わずか百年前のわれらが先祖は、持って居ったのだ。「会津白虎隊 柴田錬三郎 日本男子物語 集英社」 |
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「我をしてしばらく故郷に帰り恋人の家に到る思ひあらしむ、その声 を我が恋人の声と思ふて聴く時に、恋人の姿は我前にあり、一笑して我を悩殺する昔日の色香は見えず、愁涙の蒼頬に流れて、紅ゐ欄干たるを見るのみ」北村透谷
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「咲くも迅し散るも迅し春の花、たのしみも速しかなしみも速し人の恋。定まりなき世に定まりあるものを求め、心なきものに心あらんことを願ふ、人の迷ひのはかなさよ。花は散るべき時に惜しむべからず花は散るとも人のまことは常にのこるべし」抜粋…『蓮華草』北村透谷
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