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鎖国政策
1,原因
2,経過
1604年 糸割符制度
1612年 天領で切支丹の禁止
1613年 全国で切支丹の禁止
1614年 宣教師・信徒らマカオ・マニラに追放(高山右近ら)
1616年 欧船の入港地を平戸と長崎に
1622年 元和の大殉教(長崎)
1624年 イスパニア船の来航禁止
1626年 絵踏みはじまる(長崎奉行公案か?)
1633年 奉書船(老中発行)以外の日本船の渡航禁止
1635年 日本船の海外渡航、在外日本人の帰国禁止
1636年 ポルトガル人を出島に
1637年 島原の乱(〜1638)
1639年 ポルトガル人の来航禁止
1640年 天領に宗門改役、寺請制度広まる
1641年 オランダ人を出島に移す
3,影響
①キリスト教の禁圧
②幕府の貿易独占
③産業・文化の海外からの影響制限→日本の独特の文化
長崎貿易
1,オランダ 長崎商館―バタヴィヤ
『オランダ風説書』―商館長提出
2,中国 明→清(1644):私貿易
3,貿易の推移
1685年 貿易額制限
1688年 清船70隻 唐人屋敷に中国人
1715年 海舶互市新令(新井白石):金銀の流出禁止
近隣各地との関係
1,朝鮮 1695年 和議成立―宗氏交渉
1609年 己酉条約―貿易開始 宗氏独占(年20隻)
1607年 使節来日―通信使(将軍代替わりごとに 12回)
2,琉球
1609年 島津氏の征服―砂糖を上納と中国産物
琉球王国(尚氏)の形式を取り残す−中国へ朝貢
3,蝦夷地―松前氏の支配
アイヌとの交易権を家臣に分与
シャクシャインの戦い(1669)→和人商人 場所請負制で
アイヌから収奪
平和と秩序
(文治主義への転換)←武断主義(初代〜三代)
1,時代の転換
1651年 家光の死→四代に家綱 補佐として保科政之(会津)
1651年 由井正雪の乱(慶安の変)―牢人問題
1652年 承応の変(別木庄左衛門の乱)
2,幕府の政策
a )末期養子の禁の緩和(1651):50歳以下の大名に許可
b )殉死の禁(1663):武家諸法度(寛文令) “寛文の二大美事”
c )大名、人質の禁(1665)
3,幕政の刷新―文教の興隆
保科政之(会津)―山崎闇斎(南学)招く
池田光政(岡山)―熊沢蕃山(陽明学)藩学花畠教場、郷学閑谷学校
徳川光圀(水戸)―朱舜水(明人)『大日本史』の編集
前田綱紀(金沢)―木下順庵招く 古文書の保存など(『東寺百合文書』)
元禄時代
1,時代 五代に綱吉(1680〜1709)
大老に堀田正俊
側用人に柳沢吉保の登用→独裁
幕政の安定と経済発展
2,施策
a )学問奨励 湯島聖堂建設 林信篤を大学頭に
歌方(北村季吟)、天文方(安井算哲―貞享暦)の設置
b )貨幣改鋳 財政難
商業経済←自給自足経済
鉱山収入激減―佐渡減、石見衰える
貿易収入の減
明暦の大火(1657)の復興費用
c )綱吉の放漫財政 寺社の修理・造営←母:桂昌院(護国寺など)
d )対策:荻原重秀(勘定吟味役)→貨幣改鋳 元禄金銀発行
e )影響:出目(差額収入)で幕府財政うるおう
インフレの進行→庶民の不満
f )生類憐みの令―犬公方として悪評
3,結果
→元禄豪商(淀屋辰五郎、紀伊国屋文左衛門)
②幕府・諸藩の財政難 社会の混乱(1702 赤穂事件)
正徳の治
1,時代 六代家宣(1709〜1016)、七代家継→新井白石(侍講)の政治
側用人 間部詮房も協力
2,施策
a )儀礼整備 閑院宮家の創設
朝鮮通信使待遇を簡素化『日本国大君』を『日本国王』に
部分無記載
②儒教的理想主義に限界
農業生産の進展
1,背景
2,耕地拡大 17世紀初め約160万町歩(1600万石)
18世紀 約300万町歩以上(3000万石)
新田開発―町人請負新田も
3,技術の進歩
a )農具 耕作用 備中鍬
脱穀用 扱箸→千歯扱
選別用 千石簁 唐箕
その他 竜骨車→踏車
b )肥料の普及 金肥の使用←干鰯、油粕など
c )農業知識 宮崎安貞『農業全書』17世紀
大蔵永常『広益国産考』商品作物
二宮尊徳 節約、貯蓄をすすめる
4,商品作物の栽培
a )四木(桑、漆、楮、茶)、三草(藍、紅花、麻)―栽培盛ん
b )特産物の出現
紅花(出羽)、茶(駿河、宇治)、藍(阿波)、木綿(三河、河内など)
諸産業の発達
林業の発達
建築資材として需要拡大
産地 秋田、吉野などの杉
木曽 檜
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