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【 2004.12.29(水) 】 正午前に関空へ到着。空港の検疫へ直行。 インドではオナカを壊しっぱなしやったし、風邪も悪化させたまま。 保険の利く内に、病院へも行こう。 飛行機を降りると、インドから帰国する人々を待ち受けていた方々に何度も呼び止められる。 インド洋大津波の情報収集、そして、行方不明者捜し。 申し訳ないけど、私のいた場所は少し揺れを感じたくらいで被害がなかったから・・・ そういえば、よく飛行機出たな。 もしかしたら帰国できなかったかもしれなかったんだ・・・ 空港には、今日から休暇が始まった夫の迎え。 そのまま対岸のりんくうプレミアム・アウトレットへ。 オナカに優しいうどんを食べる。 久々の日本食(^−^) 携帯の電源を入れると、溜まっていたたくさんのメールが受信された。 夫が毎日、私の携帯宛に日記を送っていたらしい。 そして、目の前の夫が最後の1通を送ってきた。 ジュは、オードリーたんが帰ってくるまでの日課を決めました! 毎日の無事(¥24)祈願。 お寺が20:30までだったから、出勤前に行ったり 用事があるって言って抜けてたんだよ。 ぴったりあるように¥24を小さな袋に何回分も貯めてたんだ。 オードリーたんには内緒だったけどね(^−^) 今日でおしまい!誰が泣いてやるか!(;_;) − 完 −
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コルカタ日記
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【 2004.12.28(火) 】 5:57、ドアを開けたら、既にnagetsuが待っていてくれた。 表へ出ると、ホテルが手配してくれた空港行きのTAXI(Rs.200=約¥500)が来ていた。 この後インド横断の旅に出るnagetsu。 nagetsuをハグし、「ありがとう。気をつけて。」と言うと、nagetsuまで目を潤ませていた。 1ヶ月近く、本当に毎日一緒にいたね。 すっごく心強かったよ。 値段を確認して乗り込む。最後のコルカタの風景を目に焼き付けながら、 本格的に泣き出さないよう、我慢して空港へ。 時間通り出発してデリーへ。 乗継まで6時間はあるけど、不安で市内へ観光に行く気になれない。 そもそもボランティア目的で来たので、観光にほとんど興味がないままだ。 15:30、国際空港に到着。 ターミナルに入れるまで4時間半、フライトまで8時間もある。 リタイアリングルーム(空港内の簡易宿泊所)は満室。 あぁあ。Visitersラウンジで時間を潰す。 23:30発、関空行きの飛行機に乗り込み、帰国の途へ。
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【 2004.12.27(月) 】 イタリア人エンジェルに別れの挨拶をして、抱き合い泣いてしまった。 シスター・カリーナに写真撮影許可を貰い、明日日本へ帰ると伝えながら、また泣き出してしまった。 カリーナは何度も抱きしめてくれた。 「いろいろと力になってくれてありがとう。エンジェル役は良かったわ。また来てね。」と言ってくれた。 午後にもう一度会う約束をして、ボビータのところへ。 今日は1日中ボビータにつきっきりだった。 ご飯もやっとまともに飲み込ませることができるようになった。 オムツを換え、リハビリをし、暇な時間はずっと抱っこしたりしてた。 写真も撮ってもらった。連れて帰れたらいいのに。必ず、責任を持って育てられる。 何度もKISSしてバイバイ。また会えたらいいネ。 インド人スタッフの皆にも挨拶。握手したり、抱き合ったり・・・また泣いた( ̄  ̄;) お昼下がり、再びシシュババンへ。 シスター・カリーナとSetsuとジーザス役に挨拶。 カリーナはまた抱きしめてくれ、「あなたにあげたいものがあるの。」と、1通の封筒をくれた。 キレイに綴じてあるので、戻ってからハサミで開けよう。 「またおいでね。」と再び言われ、「夫を説得してみる。」と答えると、「結婚してたの!」と驚かれた。 「じゃあ、一緒に連れておいで。」 「Thank you so much.神の恵みを(日本語で)。Take care.」と言われ、バイバイした。 最後にマザーハウスへ。マザー・テレサにご挨拶。 「この1ヶ月で私が誰かの役に立ったかは分からない。 でも、私はたくさんのものを得られた。 この経験を、私の人生を懸けて身につけていきたい。 マザー、カリーナ、シスターたち、研修生、ボランティアたち、 子どもたち、ストリートの人たち・・・ コルカタで出逢った全ての人たちに感謝します。 また会えることを願い・・・。 とても素敵な時間を過ごすことができました。 本当にありがとうございます。全てに感謝しています。 あなたに会えて良かった。 さようなら、マザー。また会いましょう。」棺にKISSして、待っててくれたエンジェルAちゃんの元へ。 ミニレターをくれ、握手してサヨナラ。 19:30、私、エンジェルnagetsu、キングH君、シェパードA君、シェパードT君でさよならパーティー。 ボロボロのTシャツで旅をし続けているA君に、私が着ていたTシャツを譲ろうとしたら、H君も食いついてきた。 2人に1枚ずつ譲る。私のTシャツだけは旅を続けてくれるんだなぁ。2人とも、いろんな所に連れてってやって。 T君が買ってきてくれたパウンドケーキを持って、センターポイントホテルの屋上のカフェへ。 チャイを頼んだのに、出てきたのはブラックティーのライム付。 出直してきたチャイは、臭くて飲めなかった。 A君の提案でチャイを飲み直しに屋台へ。 屋台の大将も一緒に変な踊りを踊り、記念撮影☆ 男の子たちがホテルへ送ってくれた。ホテルの下でお別れ。 H君が右手を差し出してくれ、握手。 次はA君と両手で握手。「出逢えて良かった。」効くネ、この言葉。 次はT君と両手で握手。 3人の前から立ち去れない。足が震えてきた。 H君が頭をなでてくれ、手を握ってくれた。 元々1人で来て、あとは帰るだけのところまで来たのに、こんなに不安になるなんて。 本当は抱きしめてお礼のKISSをしたい。考えながら戸惑う。欧米人の文化が羨ましい。 迷って迷って・・・結局、行動に移せなかった。 オードリーが自分からホテルに入っていけなくて、3人が背を向けてくれた。 荷物を片付けながら、翌1:00頃までnagetsuとおしゃべり。 明朝、見送ってくれるとのこと。 5:20アラームセット。いろいろ頭に浮かび、ほとんど眠れなかった。
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【 2004.12.26(日) 】 インドネシア西部時間7:58(インド時間6:28)、スマトラ島沖地震発生。 インドにも南部を中心に大津波が押し寄せる。起きたら体調が悪く、8:00〜勤務のところを9:30〜勤務。 残り2日、どうしても出勤したかった。ナボジュボンへ行く予定だったけど・・・ 子どもたちにKISSしてあいさつ。できるだけボビータの傍にいる。 ランチはボビータを担当した。 大地震が起こったという噂が、ポツポツと耳に入り始める。 滞在もあと少し。 あげるつもりで持ってきていたTシャツ数枚を、シシュババン前に住むホームレスファミリーにプレゼント。 マザーハウスへ寄り、マザー・テレサの棺の横でお祈り。 涙が出てきた。 中庭でSetsuともおしゃべり。また泣いた。 Setsuと2人でマザー・テレサのグッズショップに寄り、サダルSt.に戻る。 ランチは珍しく豪勢に初シズラー(鉄板焼き)。 ネットカフェにキングH君がいた。横のパソコンを使う。 夕方、パラゴンホテル前でキングH君とシェパードA君にバッタリ。今日3回目。 H君が「今日は夕飯食べに行く約束しちゃってるけど、明日、最後やし一緒にどうかな?」と誘ってくれた。 |
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【 2004.12.25(土) 】 6:00〜の朝のミサに参加。夕べは廊下からだったので、近くで見れて良かった。 Xmasのブレックファーストはいつもと違い、個装パンとゆで卵、普通のバナナに甘いコーヒーだった。 日本人アクターsは誰も来ない。 シシュババンに着くと人だかりができていて、警察官も何人かいた。 中へ入ってみると、洗面器に山盛りのライスとフライドチキン、りんご1個、トイレの水汲み桶にカリーを入れて配っていた。 長蛇の列で、シシュババンの周りも人で溢れてる。 シスターに「こっちへ来て手伝って。」と言われたけど、シスターだけで人手は足りてそう。 参加したいと後ろ髪を引かれつつも、障害者棟へ。 インド人女性スタッフとMerryChristmasのKISSを交わす。 子どもたちにもKISSを添えて挨拶して回る。 朝食介助はベッドに寝ているアマンダ。 ボビータを抱っこしてクルクル回ったら、喜んでくれた。 ティーブレイクもいつもと違い、甘いパンとストレートティー。 まだ階下に並んでいる食料配布を待つ人たちに手を振り、投げKISSを贈る。 みんな、Happy Merry Christmas♪ 今日はよくKISSをした(^−^) 17時前、NETに出掛けたらキングH君とシェパードA君に会った。会いたかったんだ♪
にしても、いつも2人でいるナァ(^▽^;) 3人で屋台のチャイ。今日はHappyな気持ち。 インドとはいえ、本場キリスト教のXmasを経験してしまった。 H君とA君にもKISSしたい気分(^−^) |


