音と言葉の草原

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術後10年

褐色細胞腫のために右の副腎を摘出してから、10年が経過し、11年目に入った。

久しぶりにここに近況を記そうと思う。


というのは、このブログ自体は、事情があって休眠させているものの、同病の方々の検索にはかかって、時々コメントもいただくことがあるからだ。


褐色細胞腫は、悪性となった場合、治療が難しい。したがって、難病指定に入りそうなものの、患者数の少ないためだろう、なかなか正式に難病指定にならない。


患者にとって、体験などの情報も十分とは言えず、医師に相談しても、通り一遍の説明以上の、踏み込んだ情報は得にくい。


ネットでさまざまに検索して、何とか情報を得ようとされている方も少なくないはずだ。


たとえば、以下のリンクのサイトの情報は、私自身、何度も読んでいる。


ここでは、ホルモンを補充された方が、体調が改善したという報告がある。


http://oshiete.goo.ne.jp/qa/3792187.html

ところで、私自身について書けば、前の記事(「術後6年」)に書いた状況とほとんど変わらない。

週6日の仕事をこなすのはやっとで、6日目は、必ずと言っていいほど、身体が重く、動かない。

労働時間としては、1日8〜9時間程度。しかも、それほどハードな仕事ではないので、この程度でダウンかと、毎週嘆かわしい気持ちになる。

もちろん年齢的に、疲れがとれないこともあるだろう(50代前半)。医師もそう言っている。

しかし、身体全体の痺れや、時折、体力が底を突いたようになくなり、腕を上げるのも億劫になるなど、どうにも困惑せざるを得ないことも、相変わらず多い。

ホルモンの検査(カテコラミン3分画)の数値は、いずれも正常の範囲内。したがって、主治医には、ホルモン補充の必要はない、と言われる。

しかし、私としては、上記リンクにある情報が、根拠なきものとも思えず、今回は、主治医が反対するのを押し切って、コートリル錠(ヒドロコルチゾン錠)を処方してもらった。

本来は、副腎を両方とも摘出した方が飲まなければならない薬で、片方だけ摘出した私が飲むと、むしろ副作用(血圧の上昇、顔のむくみ、など)が懸念されるとのこと。

しかし、ともかくも試させてください、とお願いして、薬を出してもらった。かなりのわがままを通してもらった、と思う。

今日から、錠剤を半分に割り、5mgずつ飲んでみて、その状況を、この場でまたお伝えしたい。


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【追記】
しかし、以下の副作用の情報を読むと、飲むことに利があるとは思えなくなるのも事実。

http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/kusuri/9/m0u/






2014年7月31日(木)、「波紋音(はもん)」の演奏が行われると聞き、雨の降りしきる中、宮崎県の高千穂神社へ出かけた。

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鉄のスリット・ドラム「波紋音(はもん)」の演奏家として知られる、永田砂知子さんの、神前奉納演奏。
短い時間だったが、貴重な体験だった。

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「鉄」という身近な金属が、どんな音を持っているのか、むしろあまり美しい音を想像していなかったが、
事前に YouTube で聴いてみると、同種のものと思われる ハング・ドラムやスペース・ドラムとは異なる、もっと自然な響きだった。

それは、雨滴が缶の上に落ちたような音で、それが演奏されることで、さまざまな音階で絡み合い、響き合う。
「音楽」と「音響」の境界線で、聴き手を不思議な世界に誘う。

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この日は、神前で神主さんの祝詞、お祓いに続いて、永田さんの演奏が行われた。

聴衆は、およそ20名ほど。演奏中も、背後では、さい銭箱に硬貨を投げ込み、手を打つ音がする。
波紋音が鳴り続け、時に静かになると、外の雨音が聞こえる。

高千穂という特別な地で、身体全体に染み込ませるように、波紋音を聴いた。

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演奏の前後には、以前「丹野メソッド」を見学させていただいたときにお会いした、折山もと子さんから、
永田砂知子さんをご紹介していただき、直接、お話をうかがうこともできた。

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そもそも地球の質量の30%は「鉄」だそうだ。そして、私たちの体の中でも「鉄」は不可欠な鉱物だ。
であるなら、波紋音は、当然のように、私たちの根源に響く音なのかもしれない。

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永田砂知子さんのホームページ。







 










 

若い頃には心の中を

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若い頃には心の中を自己憐憫や自己卑下で満たしていた。50歳に近づいて、それが賢くはないこともやっとわかった。そう理解したことよりもむしろ、自分憐れみ、見下すために必要だったエネルギーこそ「若さ」だったのだろう。
その活力が衰えた今、挫折を前にした自分の内面を満たすのは、若い感情の迸りではなく、ただ寂寞とした空虚だけだ。自分など消えてしまったほうが…、と呟いた途端、それが歪んだ認知であり、大げさな反応であることも理解してしまっている。自分の価値の低さをなげき、その情けなさにに身悶えして泣き叫んだ若さは今はなく、挫折を前に、ただ失意に身を浸す。それは悲しくもなく苦しくもない。おそらくは、ただ虚しいのだ。

写真は、大分空港の夕暮れ。2013年7月23日。

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