原作では「営業の須山」がいい味を出しているが、映画化された作品では、俳優のイメージがかなり違っているのが惜しいですが、つげ先生のこの作品を見るたびに勇気付けられます。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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解説 [編集]
つげのストーリー作家としての構成力、想像力が遺憾なく発揮された作品。同時に
ユーモアと
ペーソスにあふれ、細部の描写も細かく、創作でありながらリアリティを感じさせる秀逸な内容となっている。これはつげが『
義男の青春』のように自分自身の気持ちや感情の表出に重点を置かず、娯楽作品として突き放して描いたことに起因しており、徹底して面白く読ませようとするつげの
サービス精神がなにはばかることなく発露、反映されたことによる。
ストーリーは完全な創作ではあるが、つげは錦糸町に下宿していた頃に、実際に作中のような
タウン誌「池袋百点」を発刊しようという計画をもったことがある。
1955年1月に創刊されたタウン誌の元祖である銀座の老舗を会員とする月刊PR誌『
銀座百点』をまねたものを友人3人と企画したが、金がなく幻と終わった。最初に「池袋百点」を発行しようと言いだしたのはつげよりも2歳年上の文学青年の友人であった。彼らのイメージが重なり、作中の「池袋百点」の企画者である伊守ができあがった。
つげは、この作品中ではリアリティを出すための細部の描写を楽しみながら描いた。営業担当のさえない男、須山の個性が際立っているが、藁半紙に何十も顔を描いてようやく決まったものである。また、この須山の個性を際立たせるために、当ビジネス参画者のひとりである業界紙の編集者をあえて名無しにし、平凡に描いている。
評価 [編集]
- 権藤晋 野坂昭如の小説を読むような、すなわち中間小説や大衆小説を読むような面白さがあり、つげ作品と意識しないで読めてしまう。須山のキャラクターがいい。
あらすじ [編集]