いくおのブログ

ようこそ!キチガイの世界へ(笑)

徳島の地名

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グランプリ決定!!

何のグランプリかって?
勿論、徳島の地名におけるキチガイ度です(笑)
 
いくつかの市や町の地名を現在の地図に載っている地名を調べました
 
もうこれ以上続ける根気がありません(もう歳なんです)
 
歳のせいにするな!!との批判もあるかもしれません
 
いや、誰も気にもしていないので何の反応もないのが実情か?(笑)
 
前置きはいいから、グランプリは何処なのか?!!
 
それはですね、独断と変見(偏見)により決めちゃいました
 
 
阿南市 才見町 落雷前  落雷裏
 
 
この「落雷前」「落雷裏」は誰がなんと言おうとキチガイ度No.1です
 
個人的にこんな変な地名は全国を探しても他にはないと思います
(調べたわけではありませんが)
 
ちなみにこんな場所です
 
地図上の落雷裏の上には「光の大地」がありますが
 
いくらなんでもこれは最近になってつけられた地名ですよね?
 
いったい誰に聞いてるんだってことですが(笑)
 
知ってる方に教えていただきたいと思います
 
 
 
上の記事にも書いた通り、はるか昔の勇者と神との通信手段が雷だったこともあるそうです
そして、世界中の神話の世界の話の舞台は現在、徳島と呼ばれている
 
とてつもなく広いとも思われる精神世界の話が現実世界では徳島の地のことだった
これは、普通の人にとってはキチガイ以外のなにものでもない
 
しかしながら、これは事実なんですね
 
だから、神話の中の勇者も徳島にいたということになります
 
お前は完璧にイカレテると思われることでしょう(笑)
 
しかーし!太鼓いや太古の昔、精神世界と現実世界は今のように
はっきりとは隔たっていなかったそうです
 
だからこそ、現代では理解し難い、とんでも話としか言いようのない神話もあるし
(実は誤魔化す意図をもっていろいろな神をごちゃ混ぜにしている)
地名や言い伝えが残っているわけですね
 
まあ、こんな話を本気で信じる人は数人程度でしょうが(笑)
 
とにかくグランプリ決定です!!
 
めでたし までたし!
 
おーしまい!!
 
 
 
 

鳴門市

また少しだけやってみます
 
もう根気が続かずに更に適当です(笑)
 
 
大麻町・・・ここは大麻比古神社のある町ですが、大谷焼の郷、大谷地区に
       犬ヶ谷、牛頭谷(うしのかしらだに)、首切谷、さぶ風谷、
       マナケ谷、ムナケエ谷と意味不明の名前も並んでいます
 
       東馬詰地区・・・破戸の元?なんじゃ?何やら意味深なような・・・
 
大津町・・・徳長地区ここは○○○の越という地名がやたらと多い
       その中でも水神ノ越、野神浦ノ越って・・・・
 
北灘町・・・宿毛谷地区ではクロハエ=黒蝿??ハエ、蝿の王・・・
       あまり口にしたくはない名前が頭をよぎる・・・ベルゼブブ・・・
       これはお前の妄想だ!妄想に違いない!
       いくら打ち消そうとしても知ってしまうとダメだ(笑)
 
       鳥ヶ丸地区にヲツゲ谷・・・うーん、まさにキチガイだ!
       お告げの谷ということか?お告げってまさか・・ベルゼブブのか?・・・・
鳴門町・・・土佐泊浦(とさどまりうら)阿波の鳴門で土佐泊?土佐?
       徳島県人でも不思議です
 
さて、またまた故郷のPRコーナーです
 
 
お盆に阿波踊りも良いのですが、ついでに?観光もよろしく(笑)
 
鳴門と言えばもう一ヶ所
 
 
大塚国際美術館です↑
 
ここは特にヨーロッパの宗教画(キリスト教)が多かったと思います
もう随分前に一度行ってますが、その頃は展示物の製作が間に合わず
一部展示されていない物もありました。
 
 

阿波市

今日は阿波市です!
 
 
阿波町では特に気になる地名は残っていないようです
 
しかし、面白い地名はあるようですね。
 
芋場、柏谷左右、寒風、大次郎・・・・変な地名ですねー。
 
市場町では伊月地区に
    (せせらぎ)と読むそうです。難しいですね。
 
犬の墓なんという地名なんでしょうね?よりによって犬の墓とは・・・キチガイじみている
わざわざそんな地名にしなくても・・・ねえ?
 
市場町興崎には箸供養?おほっ!
 
市場町日開谷・・・東花子??ちょっと笑える
 
 
土成町秋月・・・蛭子に毘沙門ねえ?(笑)
 
土成町土成・・・美緑(みろく)美しい緑かあ、素晴らしい!
          しかし、ミロク、弥勒?(笑)
 
土成町宮川内・・・意味ありげな「落倉」、次郎助(じろすけ)、神田(ずんでん)?これは読めない!
           角倉に天井ですね
 
土成町吉田・・・ここは凄い!御所屋敷ですよ!毘沙門、姫塚やれやれです(笑)
 
 
吉野町西条・・・大牛(おおぎゅう)、蛇池(じゃいけ)、姥御前
 
まあ、大した地名はありませんでした(笑)

三好市

徳島県西端の町です
 
 
まあ、三好市では僕のセンサーにビビビッと反応する地名はなさそうですが(笑)
 
池田町大利にありました
    ヲニイシだそうです。これはおそらく「鬼石」ということでしょうね
 
池田町川崎・・・アカ子(あかご)なな、なんと!赤子です!(笑)  こんにちは赤ちゃん♪
          あんこく?ってやっぱり「暗黒」やろね?「安国」ではないよね(笑)
          
池田町佐野・・・牛頭(ごうず)と読ませています 一般的にはごず(牛頭)ですね
          御供田(ごくうでん)だって?神に米を御供えするための田んぼがあった?
 
池田町漆川・・・ここのあ行はかなり気になる(笑)
 
西祖谷山村田ノ内・・・眠谷(ねむりだに)って?なんか意味ありげです
 
山城町は・・・もうしんどいのでパスです(笑)
         そのかわりにリンクを貼ります
 
 
 
こなきジジイの故郷です(笑)
 
楽しんでください
 
この辺りは夏はラフティング(ゴムボートによる激流下り)が楽しめますよー。
 
頼まれもしないのに勝手に宣伝!!
 

小松島市

今日もやってみましょう!根気が続けばですが・・・
 
 
大林町にありました
  岩戸(いわど)、蛭子免(えびすめん)
  
金磯町では  弁天前だそうな
 
坂野町   風穴?かざあなとはまた・・・
 
田浦町   矢三(やそ)徳島では普通にやそと読む
        小松島の田浦にも矢三か・・・
 
前原町  ここにも弁財天がありました
       
本当に蛭子や弁財天(弁天)という地名は異常に多い
ゆきおのあの既知外物語にもベルゼブブの手下が弁財天と人間の間に生まれた人の子孫と
名乗って連絡して来てましたが、それほど、切っても切れない縁があるということです
 
もう、○○の神とか天神とかの地名は徳島では当たり前すぎて取り上げるときりがない(笑)
 
そこで、小松島といえば「金長狸」です   ウィキより
 

阿波狸合戦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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阿波狸合戦(あわたぬきがっせん)は、江戸時代末期に阿波国(現・徳島県)で起きたというたちの大戦争の伝説阿波の狸合戦(あわのたぬきがっせん)、金長狸合戦(きんちょうたぬきがっせん)ともいう。

目次

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内容 [編集]

天保8年(1837年)。阿波の日開野(現・小松島市)で、大木の中に棲んでいる金長(きんちょう)という狸を大勢の者が燻り出そうとしていた。そこを通りかかった染物屋・茂右衛門は金長を哀れに思い、その者たちに金を与えて金長を救った。
しばらく後、茂右衛門の家へ奉公に来ていた万吉という少年が自らを「金長」と名乗り、守り神として店のために尽くすと言い出した。茂右衛門に恩義を感じた金長が万吉に憑いたのであった。以来、茂右衛門の店は良い仕事や良い客に恵まれるようになった。また、仕事で迷うことがあると万吉が助言をし、その内容は必ず正しかった。こうして茂右衛門の店は繁栄し、金長の評判も高まっていった。
何年かがたち、金長は「自分はまだ無位無官の若造」と言い、狸としての位を高めるため、子分の藤の木の鷹(ふじのきのたか)と共に、名東郡津田浦の化け狸・六右衛門(ろくえもん)に弟子入りした。六右衛門は四国の狸の総領であったが、人を化かして物を奪うなどの悪事を働く狸であった。六右衛門は噂に聞く金長の才覚を早くも見抜き、案の定、厳しい修行の最中でその才覚はめきめきと伸びていった。子分の鷹ですら、六右衛門の息子の千住太郎(せんじゅたろう)を上回るほどだった。
六右衛門は密かに金長を恐れ、今の内に身内に加えようと考えた。丁度、六右衛門の娘の小安姫(こやすひめ)が金長に恋焦がれていたこともあって、金長に対し、小安と結婚して自分の養子として跡を継ぎ、千住太郎の後見人になることを勧めた。しかし金長は、茂右衛門への恩を返すまでは他のことに気を使えないとして辞退。殊勝な言い分に六右衛門も反論できず、日開野へ帰っていく金長と鷹を見送るしかなかった。
しかし六右衛門配下の狸は、金長をこのまま帰してはいずれ大きな脅威に育つ、身内に入らないのなら片付けるべきと助言。頷いた六右衛門は数十匹の狸を金長たちのもとへ放った。小安からの報せで闇討ちを知った金長と鷹は追っ手を迎え撃つ。腕に覚えのある金長たちではあったが、2匹では多勢に無勢。鷹は倒れ、かろうじて金長のみが日開野へ逃げ遂せた。
金長は仇討ちのため仲間の狸たちを呼び集めた。早速、鷹の息子たちが父の弔い合戦のために駆けつけ、日頃から六右衛門の非道ぶりを好ましく思っていなかった狸たちも立ち上がった。一方で六右衛門側では、娘の小安が父の闇討ちを非難し、金長が死んだら自分も生きてはいないとまで言ったが、六右衛門はこれを嘲笑。小安は遂に自分の命をもって父を咎めるべく自刃するが、娘の死は金長に対する六右衛門の憎悪を増長させるだけでしかなかった。また金長も自分を愛してくれた小安の死を知り、六右衛門討つべしとの決意を固めた。
勝浦川を挟み、金長軍総勢600匹余り、六右衛門軍総勢600匹余りが対峙した。こうして俗に「阿波狸合戦」と呼ばれる狸の2大勢力の壮絶な戦いが幕を開けた。
勝浦川下流を舞台とし、死闘は3日3晩に及んだ。空に叫び声がこだまし、川の水は血で真っ赤に染まり、川床は狸たちの死体で埋め尽くされた。弔い合戦故に押しの強い金長軍に対し、六右衛門軍は籠城作戦をとった。守りの堅い城を相手に金長軍は手も足も出ないかに見えたが、遂に門を突破し、城内での血みどろの激闘の末、遂に金長は六右衛門を討ち取った。だが金長もまた、刀による致命傷を負った。金長は死力を振り絞って日開野へ帰り、大恩ある茂右衛門に礼を述べ、力尽きた。
これで合戦は終わったかに見えたが、六右衛門の息子・千住太郎が修行先の屋島の禿狸のもとから急遽駆けつけ、敗れ去った六右衛門軍を再召集して日開野へ攻め入ろうとした。金長軍もやむなくこれを迎え討ち、合戦が再開されたが、そこへ屋島の禿狸が仲裁に入り、ようやく合戦は終結を迎えた。
金長は後に、その生き様に心を打たれた日開野の茂右衛門によって正一位金長大明神として祀られた。現在でも金長大明神は小松島市中田町の金長神社に祀られ、崇拝者たちに厚く信仰されている他、各所に狸の銅像が飾られて人々に親しまれている。

阿波狸合戦を題材とした映画 [編集]

って、どうでもいいことなんですが、紙面を埋めるために貼り付け!(笑)

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