昔(むかし)、あったと。 とんと
富岡(とみおか)の北側(きたがわ)を流(なが)れとる琴江川(ことえがわ)の、深(ふか)くよどんだところを多聞ガ渕(たもんがぶち)という。
この渕(ふち)にわりことしいの河童(かっぱ)が住(す)んどって、泳(およ)ぎにくる子供(こども)を水(みず)ん中(なか)へ引(ひ)きずり込(こ)んで喜(よろこ)んどったそうな。
ほのころ、富岡(とみおか)の町(まち)に賀島(かしま)友井(ともい)ちゅうお医者(いしゃ)はんがおった。友井(ともい)先生(せんせい)は目(め)が不(ふ)自由(じゆう)だったが、釣(つ)りが好(す)きで、ひまがあると多聞ガ渕(たもんがぶち)へ出(で)かけとったそうな。
きょうも、先生(せんせい)は渕(ふち)でのんびりと糸(いと)を垂(た)れとったそうな。ほしたら、水(みず)の上(うえ)にぽっかり頭(あたま)を出(だ)したんは、いつもの河童(かっぱ)じゃった。
「ふん、先生(せんせい)がまたやっとんな。きょうはひとつ、じゃましておこらしたろ」
河童(かっぱ)は気(き)づかれんようにして水(みず)から上(あ)がると、こっそり先生(せんせい)の隣(となり)に座(すわ)ったそうな。
ほのうち、うきがぐいぐい水(みず)の中(なか)へ引(ひ)っこまれた。
◆注釈
【わりことしいの】いたずら好(ず)きの
うきが引(ひ)いたんで、先生(せんせい)は竿(さお)を引(ひ)き寄(よ)せ、手(て)さぐりで魚(さかな)をつかまえようとした。ほのとき、河童(かっぱ)がひょいと手(て)を出(だ)して横取(よこど)りしてしもうた。
「はてな」
先生(せんせい)はひとりごとを言(い)いながら、すぐに新(あたら)しい餌(えさ)をつけて投(な)げ込(こ)んだ。
しばらくすると、大(おお)けな鯉(こい)が食(く)いついた。これも河童(かっぱ)に取(と)られてしもうた。
先生(せんせい)も、やっと気(き)づいて、
「ははあ、河童(かっぱ)めのしわざじゃな。よっしゃ、今(いま)にみとれ」
と何(なに)くわん顔(かお)してまた釣(つ)りだしたそうな。
ほのうち、強(つよ)い手(て)ごたえがあった。竿(さお)を引(ひ)き上(あ)げると、大(おお)けな鯉(こい)がはね上(あ)がった。ほのとき、河童(かっぱ)が手(て)を出(だ)した。先生(せんせい)は脇差(わきざ)しを抜(ぬ)いて、やっ、とばかりに切(き)りつけた。ギャアちゅう泣(な)き声(ごえ)と、続(つづ)いてドボンちゅう大(おお)けな水音(みずおと)がした。
河童(かっぱ)は片腕(かたうで)を切(き)り落(お)とされ、片腕(かたうで)を残(のこ)したまま、水(みず)ん中(なか)へ落(お)ち込(こ)んでしもうた。
先生(せんせい)は、河童(かっぱ)の片腕(かたうで)をびくに入(い)れて持(も)っていんだ。
ほの晩(ばん)のこっちゃ。
先生(せんせい)が昼(ひる)の疲(つか)れでぐっすり眠(ねむ)りこけとると、
「先生(せんせい)、先生(せんせい)」
ちゅうて、だれやら枕元(まくらもと)で呼(よ)ぶ者(もの)がおったそうな。
「だれぞい、おまはんは」
先生(せんせい)が寝(ね)ぼけた声(こえ)を出(だ)すと、
「へい、多聞(たもん)さんの河太郎(かわたろう)です。悪(わる)さは謝(あやま)るけん、わいの片腕(かたうで)をもどしてつかはれ」
ああ、昼間(ひるま)の河童(かっぱ)がやってきたんかと、ほれから先生(せんせい)は長々(ながなが)とお説教(せっきょう)をしたそうな。
すると、河童(かっぱ)はべそをかいて泣(な)きだした。ほんで、先生(せんせい)もかわいそうになって、こらえてやることにしたそうな。
「ほない手(て)が欲(ほ)しいんなら、ほこの箱(はこ)に入(い)れてあるから、持(も)っていね」
ちゅうたそうな。河童(かっぱ)は喜(よろこ)んで箱(はこ)ん中(なか)の片腕(かたうで)を取(と)り出(だ)したそうな。
◆注釈
【びく】魚(さかな)を入(い)れるかご
【つかはれ】ください
【ほない】そんなに
【持(も)っていね】持(も)って帰(かえ)れ
先生(せんせい)が河童(かっぱ)に、
「切(き)られた腕(うで)を持(も)っていんでどないするんなら」
ちゅうて聞(き)くと、
「手(て)さえあったら、すぐ元(もと)どおりになるんですわ」
ちゅうたそうな。
「わしらに傷(きず)によう効(き)く薬(くすり)があるんですわ。先生(せんせい)には腕(うで)をもどしてもろうたんで、河童(かっぱ)の傷薬(きずぐすり)のつくり方(かた)をお教(おし)えしまひょう」
ちゅうて、河童(かっぱ)は傷薬(きずぐすり)のつくり方(かた)をおっせて、片腕(かたうで)を大事(だいじ)そうに抱(かか)えて、すーっと姿(すがた)を消(け)したそうな。
「これ河太郎(かわたろう)、河太郎(かわたろう)や」
先生(せんせい)はあわてて大声(おおごえ)を出(だ)したとたん、ハッとしたそうな。夢(ゆめ)を見(み)よったんじゃと。
けったいなことじゃなあ、ともいながら箱(はこ)を開(あ)けてみると、河童(かっぱ)の片腕(かたうで)が消(き)えとった。
ほれから、先生(せんせい)は河童(かっぱ)のおっせてくれたことを思(おも)い出(だ)し思(おも)い出(だ)ししながら、薬(くすり)をこっさえたそうな。ほの薬(くすり)がよう効(き)いて、友井(ともい)先生(せんせい)は有名(ゆうめい)になったそうな。ほれから、多聞(たもん)さんの河童(かっぱ)のいたずらもぴったりと止(や)んだそうな。おーしまい。
◆注釈
【持(も)っていんで】持(も)って帰(かえ)って
【おっせて】教(おし)えて
【けったいなこと】不思議(ふしぎ)なこと
【こっさえた】こしらえた
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