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書庫「鄙びた漁村を撮る」シリーズ

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20170520 制作

犬、犬島へ行く 第1部<あけぼの丸>(宝伝→犬島) 〜『涙のびんづめ』 『18才』

秋蛇星

Pavane pour une infante défunte - Marcelle Meyer
サウンド レコーディング
14:19 - 19:06 一致を再生
The Orchard Music
権利所有者: Unchained Melodíe

"寺山修司と行く鄙びた漁村徘徊"東二見路地裏潜入 

2016/11/01 に公開

寺山修司詞の世界
03 私が死んでも(作詞集)
09 戦争は知らない(作詞集)
05 涙のびんづめ(作詞集)
「東二見漁港」
 兵庫県の漁港の中でもとりわけ「濃い」のが、ここ東二見漁港だろう。規模もさることながら、寂びの濃さと迷路のような路地、潮と油の織り成す臭いの演出、時代から取り残された墓地、時を刻み込んだ煉瓦塀、そのどれもが圧倒的な無言の声で囁き迫ってくる。
 背後の住宅地は変われども、海辺のこの一角は、数十年たっても変わらないように思える。

「海辺の墓地」
 二見漁港の海辺の道沿いに以前から気になる墓地がある。その古い一角は、区画も分けられずに小さな饅頭のような盛り土に、小さな墓石が立っているだけの簡素なもので、海岸の砂と小石をそのまま運び込んで盛ったような、印象深いものである。向かって左手の一角は、もう見慣れた現代の墓地の風情なのだが、こちらの古い一角は興趣をそそることおびただしい。かつては土葬だったのだろうか。
 その詫び寂びに通じる風情はじんわりと心に染み入る。もしかすると、古の人たちはこういう光景を通じて死になじむ心を養っていたのかもしれない。人工的な造形の中に死になじむ心を見つけるのは容易ではない。背後には今風の家々が立ち並び始め、味気ないがその対比が面白くもある。かつては、地方に行けばこのような簡素な墓地はよく見たものだが、いつの間にか隠蔽されていったような気がする。死の匂いのない町には、安らぎもないように思う。

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犬島にて

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犬、犬島へ行く 第1部


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犬、犬島へ行く 第1部


【おぉたむすねィく探検隊 精神分析研究班】音楽と芸術、日本人の精神構造を考える会 特別チーム
【おぉたむすねィく探検隊 社会学研究班】日本と地球の将来を考える会 【そして島へ】特別チーム

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20170110 制作 
【シリーズ鄙びた漁港】 淡路島「佐野漁港」「仮屋漁港」編

元映像
76分間の感動!誰も知らない㊙裏淡路探検隊^^安藤忠雄と鄙びた漁村・廃墟・温泉・銭湯の旅(岩屋商店街、淡路平和大観音、福良、沼島、由良、謎のパラダイス、洲本、淡路夢舞台)

(゚O゚;アッ!76分間の感動!誰も知らない㊙裏淡路探検隊^^安藤忠雄と鄙びた漁村・廃墟・温泉・銭湯の旅(淡路平和大観音、岩屋商店街、福良、沼島、由良、謎のパラダイス、洲本)

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佐野漁港
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増田鮮魚店
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佐野集落
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佐野漁港路地裏のクロネコ
路地裏のクロネコヤマト〜淡路佐野漁港にて 2016年11月




【おぉたむすねィく探検隊 精神分析研究班】音楽と芸術、日本人の精神構造を考える会 特別チーム

【おぉたむすねィく探検隊 心理学研究班】つげ義春研究特別班 特別チーム





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東二見漁港(兵庫県明石市)〜寺山修司と行く漁村徘徊・路地裏探索ビデオ付き〜戦争は知らない2016 10

寺山修司詞の世界
03 私が死んでも(作詞集)
09 戦争は知らない(作詞集)
05 涙のびんづめ(作詞集)
短歌集
著作制作丹波新報社:https://www.facebook.com/TambaShinposha/

東二見漁港

 兵庫県の漁港の中でもとりわけ「濃い」のが、ここ東二見漁港だろう。規模もさることながら、寂びの濃さと迷路のような路地、潮と油の織り成す臭いの演出、時代から取り残された墓地、時を刻み込んだ煉瓦塀、そのどれもが圧倒的な無言の声で囁き迫ってくる。

 背後の住宅地は変われども、海辺のこの一角は、数十年たっても変わらないように思える。

海辺の墓地

 二見漁港の海辺の道沿いに以前から気になる墓地がある。その古い一角は、区画も分けられずに小さな饅頭のような盛り土に、小さな墓石が立っているだけの簡素なもので、海岸の砂と小石をそのまま運び込んで盛ったような、印象深いものである。向かって左手の一角は、もう見慣れた現代の墓地の風情なのだが、こちらの古い一角は興趣をそそることおびただしい。かつては土葬だったのだろうか。

 その詫び寂びに通じる風情はじんわりと心に染み入る。もしかすると、古の人たちはこういう光景を通じて死になじむ心を養っていたのかもしれない。人工的な造形の中に死になじむ心を見つけるのは容易ではない。背後には今風の家々が立ち並び始め、味気ないがその対比が面白くもある。

かつては、地方に行けばこのような簡素な墓地はよく見たものだが、いつの間にか隠蔽されていったような気がする。死の匂いのない町には、安らぎもないように思う。

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東二見漁港(兵庫県明石市)〜寺山修司と行く漁村徘徊・路地裏探索

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東二見漁港(兵庫県明石市)〜寺山修司と行く漁村徘徊・路地裏探索

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東二見漁港(兵庫県明石市)〜寺山修司と行く漁村徘徊・路地裏探索



【シリーズ鄙びた漁港】漁村徘徊 東二見編 
寺山修司の詞の世界〜幸福について、19歳、ダイヤモンド3曲



【おぉたむすねィく探検隊 精神分析研究班】音楽と芸術、日本人の精神構造を考える会 特別チーム

【おぉたむすねィく探検隊 心理学研究班】つげ義春研究特別班 特別チーム



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 ( 東二見漁港)。
明石屋
2014年9月23日、18:05:12
「つげ義春のような旅がしたい」~Tha Matogata 的形
[14分短縮版/OldFashion版]2016.6
ブラームス 弦楽四重奏曲第1番ハ短調 Op 51 1
アマデウス弦楽四重奏団 1951
https://www.youtube.com/watch?v=Iub-jcTdonw
鄙びた漁港さんがアルバム「「的形」 34°46'03.7"N 134°44'32.4"E」に写真20件を追加しました ― 場所: 姫路市的形町

コメント
鄙びた漁港
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これは、間違いなく名作だ!
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 ( 室津港)。
「室津の港にて」
2014年3月15日、13:13:00

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作成者: Yahoo!ブログ · 3月12日

【おぉたむすねィく探検隊 登山班】山と自然を考える会 特別チーム

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http://murotsu.com/murotsu/
カルメン・マキ「時には母のない子のように」
 断崖絶壁と白砂の入り江がかわるがわる現れ、その向こうにはセルリアンブルーの播磨灘がゆったりと広がっている。ここは、通称“七曲り”。網干から相生まで、海と山にはさまれた道がうねうねと続いている。
 室津はこの道の途中、深く切れ込んだ入り江沿いの町だ。天平時代以後、大変なにぎわいを見せたこの港町も、いまはその疲れをいやすかのようにひっそりと静まりかえっている。歴史と伝説とロマンの変遷をじっと見守ってきたのは、青い海と梅の木なのだろうか。

 【僧行基が定めた摂播五泊】
 神武天皇が九州から大和の国へ東上の際、針間(播磨)の海岸で上陸点を探していた。 この時供をしていた賀茂建角身がここを発見。海面も見えない程藤や夢(かずら)が生い茂っていたのを、家来達と斧、鉈、鎌で伐り払って港をこしらえたという。現在でも祭りの時、この三つの宝刀がお旅の行列に加わる。
 播磨国風土記には、
此の泊 風を防ぐこと 室の如し 故に因りて名を為す
と記されている。古来より折り紙つきの天然の良港であったことがうかがえる。
 そして、奈良時代には、高僧行基によって摂播五泊の一つに定められた。行基は弟子と供に諸国をまわって説教し、橋を架け、道を造り池を掘り、寺を建てた人で、摂津と播磨で五つの良い港を選んでいる。古代から千数百年間続いているのはこの室津だけで、以来多くの僧、貴人、市井の人々がここを通り過ぎて行ったという。

 ■谷崎潤一郎と竹久夢二
 この二人は、町では出会わなかった。室津という町との出会いが、それぞれ小説となった。戦前、木村旅館に滞在した谷崎は、「乱菊物語」を書き、同じく夢二は木村旅館の女主人をモデルに「室津」を描き残した。この町は、芸術家達に創作上の何かを与えるところらしい。
 海を感じながら、歴史ロマンに身をひたしてみる。室津は、ゆっくりと歩いてまわりたい。

 ■賀茂神社

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兵庫県室津港
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黒崎梅園


【おぉたむすねィく探検隊 社会学研究班】日本と地球の将来を考える会 特別チーム


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