全体表示

[ リスト ]

イメージ 1


多分、間違いなく2000年代のMLBで最も成功した球団がボストン・レッドソックスだということに異論を挟む人は少ないのではないだろうかと思います。この10年間は色々なマジックが起こりましたが、中でも2004年のALCSは最初の3試合で32失点を喫してでの3連敗から怒涛の逆転劇を演じ、更には86年振りのワールドチャンピオンに輝いたことで、この日本においても注目度が断然アップしたキッカケになったのではないかと思います。勿論、その伏線となった前年のALCSでの熱戦や日本人選手を多く迎え入れたこと、そして2008年の日本開幕戦などでも数々の話題を提供してくれました。

チームの運営的にもセイバー・メトリクスを効果的に活用した編成や、ドラフトでの成功なども戦力増強にに繋がり、その完成度は同地区に身を置く永遠のライバル、ヤンキースをも凌ぐ勢いがありました。強いて注文を挙げるなら、レギュラーシーズンでそのヤンキースを押し退け地区優勝したのは一度きりで、それ以外はワイルドカードでのポストシーズン出場に留まっています。この辺りが次世代の目標といったところでしょうか。

オール・ディケイド・チーム(野手)

イメージ 2

誰が考えてもという意味で満票なのは、バリテック、マニー、オティースの3人。トレードで去ったものの生え抜きスターとして人気の高かったノマーや、原始人としても有名(?)だったデーモンも当確といって良いでしょう(デーモンはヤンキース時代と合わせて2チームでエントリー)。前半では固定していなかったセカンドもペドロイアで決まり。ファーストは対抗馬としてケビン・ミラーがいますが、キャリア年数と打撃の質でユークに軍配を上げます。

サードはビル・ミューラーかマイク・ローウェルで迷うところ。数字的なものはローウェルの方が上回っていますが、ミューラーも2003年には首位打者に輝くなど引けは取っていません。結果、ローウェルは他チームでの選出を検討に入れることにして今回はミューラーに決めました。その前任ではルーキーでオールスターファン投票にも選ばれたシェイ・ヒレンブランドもいて、時代的には中々豪華なポジションでした。

外野手の最後、ライトはカール・エベレット、トロット・ニクソン、J.D.ドリューらが候補に上りました。プレーヤーとしてはドリューの一日の長がありますけれども、ここも人気面を考慮してニクソンにしました。他にもココ・クリスプやジャコビー・エルズバリー、ジェイソン・ベイなどもおり、かなり充実した時代となっています。

オール・ディケイド・チーム(投手)

イメージ 3

投手陣も豪華絢爛なのは同じですが、ディケイドを通して在籍したのがティム・ウェイクフィールド一人ということで、エース格の投手は大まかに考えて3人という解釈で良いかと思います。無論、ペドロ・マルティネス、カート・シリング、ジョシュ・ベケットの3人です。ここに先発&救援で活躍したデレク・ロウを加えて、案外容易くディケイドのローテーションが完成しました。2001年にノーヒッターを達成したものの在籍1年の野茂英雄や、ポスティング制度で入団した松坂大輔は実績2年+故障シーズンとあって、この中に入ることはちょっと考えられませんでした。ジョン・レスターは次世代のローテに入って来る可能性は十分あります。

ブルペンの方はというと、こちらも人材に事欠くことは無く逆に選考的には難しいものがありました。クローザーとしてジョナサン・パペルボンが先ずは確定し、残る2席をマイク・ティムリン、岡島秀喜、アラン・エンブリー、キース・フォルクなどで考えましたが、この中で最も長期のキャリアを持つティムリンを最初に選び、世界一時のクローザーではありましたがその後は降格となってしまったフォルクを除外。最後は岡島とエンブリーの争いとなりましたが、メジャーリーガーという名に恥じない活躍を残した岡島を選びました。

タイトル&アワード

イメージ 4

両リーグ合わせて、一つも漏らさずにタイトル&アワードを獲得した唯一の球団です。こうした点からもバランスの取れたチーム作りを行い、資金を効果的に活用した経緯が窺えます。そしてオールスター選出人数はヤンキースと並ぶ最多の延べ46回で、さらに22人の選出はヤンキースを5人ほど上回っています。岡島のような中継ぎ投手が選出されるのはそう多くは無いケースですが、ディケイドで見てみるとチラホラと名前が出てくると思います(そういえば、ヤンキースでもスタントンが選ばれていましたね)。

ディケイドMVP

イメージ 5

マニー・ラミレスも捨て難い存在ですが、2002年オフにツインズから解雇同然での放出となったデビッド・オティースの獲得こそがチームを1ステージ上に押し上げた大きな要因だというのは、多くのファンが思うことでしょう。

投手ではペドロ・マルティネスを押し退けカート・シリングに。「血染めのアンダーソックス」など、逸話にも事欠かない投手でし、チーム内でのインパクトとしてはレギュラーシーズン以上にポストシーズンでの活躍が重要な判断材料として考えました。また、シリングについてはこの10年間で3度の世界一を体験した唯一人の選手(だと思います)という理由も入っています。

閉じる コメント(4)

顔アイコン

ここは個性溢れる選手の楽園で、見るからに楽しいですね。マニー、ノマー、ペドロと逸話に事欠かない選手がずらり。そういえばクレ親父も一時期いたんでしたっけ。

オルティースが打線の核だったのは間違いないですが、私としてはやはりマニーの勝負強さにひかれます。ほんと普段は三味線弾いてるんじゃと思いますね。

デーモンの写真にひげが無い!あったらうちの髪にもらっとこうと思ったのに(自爆)

2010/1/11(月) 午前 2:06 [ クリント投げおって ]

顔アイコン

クレ親父は一時期どころじゃないんですが(苦笑)、そういうイメージになっちゃいましたねぇ。チームとしては、若い選手が混じっている時期を途切れさせない限りは安泰が続くのではと思います。

>ひげが無い!
これはそれ以前の写真ですね(笑)。

2010/1/12(火) 午前 0:02 [ haus ]

hausさん、こんにちは!
2004年のワールド・チャンピオンはレッドソックス・シーズンビデオを手に入れるほどパケットにとっても大事件だったのですが、それから3年後のワールド・チャンピオンは「えっ、また世界一なの?」という感じでした。しかも松坂と岡島がいたせいか、ロッキーズとのワールド・シリーズは日本中がレッドソックスを応援していた感もあり、個人的にはロッキーズ!!!だったのですがなんとスイープ負けでしたね。
それにしても大舞台におけるシリングのピッチングはフィリーズ〜ダイヤモンドバックス〜レッドソックスとどの時代でも本当にすばらしく、通算216勝ながらも個人的には殿堂入りできると信じています。

2010/1/12(火) 午後 3:21 パケット

顔アイコン

パケットさん、こんばんは。
2000年代のマルチ世界一はやっぱりヤンキースとレッドソックスという結果になってしまいましたね。他球団も懸命に頑張ってくれたとは思いますが、チーム規模にやられた感があったと思います。それでもこの両チームが素晴らしい選手達で埋め尽くされていたので、悪い勘定は更々無く逆に楽しませてくれたチームでもありましたね。

シリングの殿堂入り、賛成も賛成で私もそう信じたいです。投手の肩はポストシーズンでも消耗しているはずですから、その功績はRシーズン以外でも考慮して欲しいと思いますね。

2010/1/13(水) 午後 10:49 [ haus ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事