2010NPB

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最初、「岩隈久志はMLBで通用するのか?」というごく一般的なタイトルで行こうかと思っていたのですけど、それだとシャレにならないので変更しました。
 
先ずはおさらい。
 
11/1 MLBがポスティングでの入札可能選手として公示
 
11/8 オークランド・アスレティクスが独占交渉権を獲得
 
11/23 代理人の団野村氏がTwitterで交渉の難航を告白
 
12/8 独占交渉権の期限
 
※ 以下、MLBストーヴリーグの動き
 
11/23 FA選手への年俸調停申込期限日
 
11/30 FA調停回答期限日
 
12/6〜12/9 ウィンター・ミーティング(ルール5ドラフト)
 
12/9 保有権利のある選手に対する調停申込期限日(Non Tender FA)
 
 
もし、岩隈の交渉が破談となった場合、その原因として制度の欠落やケチ球団が交渉権を捥ぎり取ったからだという噂に関して、ここでは書く必要がありません。なので、他所でいっぱいルーモアしてください。結果として入札制度の改革やFA期限短縮など、法的に是正するのであればそれはそれで実のある動きに繫がることだとは思いますが、
 
規則・法律って、想定外の事が起きるとからきし弱いんですよね
 
第一、上に書いたMLBのストーヴリーグの動きに対し、日本人選手のポスティング交渉期間はアクションが速過ぎる気も。いや、ちょっと前まではそんなことも無かったのですが、この1〜2年間でストーヴの炎が燃え上がる時期がかなり遅くなってきているのを忘れてはいけない。昨オフでトップFAだったマット・ホリディの契約なんて、年明けの1/11でした。また、投手のトップFAだったのはジョン・ラッキーで、契約は12/16。何れもウィンター・ミーティングという、恒例のGM会議によって骨組みの固まった時期から年末ギリギリまで、ストーヴの炎が一気に過熱する時期まで交渉し続けることによって相場が上昇するといっても良いでしょう、ね。
 
そのトップ集団の動きに影響を受けるのが、第二グループと呼んでも良い集団。契約延長はともかく、新しい球団とテーブルに着く場合は希望条件によって交渉期間がとてつもなく長くなってしまう傾向が見られ、最悪メジャー契約を結べないケースも出るようになってきました。
 
今回の主役である岩隈は、その第二グループに存在していると思われる評価が下のURL。
 
 
全体で16位、先発投手に限れば8位という中々の高評価であると思います。
これで交渉も順調に進んでいれば万々歳といったところなのでしょうが、団氏の告白によるA'sの条件は4年1,525万㌦。年平均だと380万㌦くらいで、日本円だと3億ちょっと。これだと今現在、楽天球団から得ている年俸とほぼ変わらないので旨味が無い。寧ろ、一年待って晴れてFAとなってから再度テーブルに着いた方が条件を上乗せ出来る可能性は高いだろう。
 
対するMLB側の事情として、FA選手に対する相場が年々下がってきている。いや、格差が激しくなってきたというのが正解かな。昨年の市場で1,525万㌦というのは、全体で10位に相当します。
 
 
う〜ん、昨年は低すぎましたね。では、一昨年のデータだと、
 
 
順位は下がって18番目に位置することとなりますが、それでも岩隈の評価(16位)と比べると正常な金額にも見えてきます。もちろん、ここにポス・フィーを加えると3,435万㌦となり、トップ10入り間違いなしの案件となるようです。
 
だから、A'sの提示が取り立てシブチンという程でもないし、かといって岩隈にとって喜ぶべき条件にも見えてこない、まったく不思議な交渉経過です。
 
ここでもう一つおさらいとして、過去における日本人MLB選手のポス・フィー及び初回契約時のデータを載せます。
 
イメージ 1
一応、解かりやすいように青色が入札額、赤色が契約の総額としています。単位は千㌦ね。
まぁ、時代の変異と景気のことは抜きにして考えましょう。
 
ポイントとして見るのは、やはり投手で海を渡った井川慶と黒田博樹のケース。メーター振り切っちゃっている人は例外としましょう(笑)。今回の入札+契約の金額を黒田のケースと比較すると、いい勝負になっています。もちろん、単年では黒田の方が上回っていてしかも年齢的なものも違います。岩隈ならもっと高い評価を、という気持ちはわかります。
 
井川の場合、まぁ明らかに暴落していますが当時は松坂の入札と時期が重なっていたので、我々ファンも妥当な金額だと思い込んでいましたが、振り返ると相当な上積みがされていたと思います。しかし、この井川の入札額に対する契約額の比率が今回の岩隈の条件と非常に似通っています。大体8掛けといったところでしょうか。イチロー、石井一、松坂といった1,000万㌦を越えた入札額の出たケースでは、ほぼ同程度の金額で契約が結ばれています。
 
こうした事例を考えると、岩隈側が妥協出来るもしくは希望する額はポス・フイーと同等のものであると推察が出来ます。で、何故か年数は短い方が良いらしい。代理人としては、ここには載せませんでしたが川上憲伸と同じレベル(3年2,300万㌦、単年700〜800万)は出してあげたいと思っているんじゃなかろうか。ただ、ここに関しては市場が動きません。
 
さらにもう一つ、例えば交渉権を得たのがA'sではなくマリナーズだったとしても、ポフ・フィーの倍額ないしはそれ以上出す可能性は低いだろうと考えられるし、仮にマリナーズが川上の入団時と同等の金額を提示することが可能だったのであれば、彼の初回契約時相当のポス・フィーを準備していても不思議ではなかったのだと推察できるのですが、結果はご覧の通り。
 
結果、今回の案件は動くべき時期を間違えて、少なくとも市場を動かすことが可能であった入札時期にそれが出来なかった(入札球団を集えなかった)代理人、もしくは「誰かさん」の作戦が失敗に終わるかもしれないと、今の段階ではこう考えても良いでしょう。極端な言い方になりますが、11月から12月初旬に掛けて3,000万㌦以上の案件を早急に片付けなさいというのは、今のストーヴリーグでは非常に困難な仕事だと言えます。手を挙げても良かったのだけれども、組閣が出来ていない時期に入札なんて、と考えていた球団も多かったのでは。
 
すなわち、クリフ・リーよりも岩隈の方を優先しろ?っテ感じか?、です。
 
投手優位の年にポスティングを表明したもの悪い条件の一つかもしれません。1・2番手ならともかく、3番手以降なら自前で賄えつつあるという球団が増えてきました。
 
あと、日本の評論は稼動を甘く見過ぎ。岩隈は確かに日本ではトップクラスの投手ですが、今季の総投球数は3013球です。NPBでは10番目に位置しますが、MLBだと67番目となってしまいます。これもすなわち、3番手上の方という評価に繫がります。これが全てではないのは言うまでもないですが、重要なファクターの一つです。
 
ということで徐々に結論へと近付いてきた訳ですが、ここで思い出したいのは井川がポスしたオフで、まだ入団はおろか入札も行われていない時期にも関わらずファン感で「行って来ま〜す」と挨拶した件。まぁ、楽天は阪神ではないし、岩隈も井川ではないのでそう能天気なことにはならないと思いますが、つい4年前のことですから。
 
NPB球団サイドにとっても、例えばファン感でお披露目&別れの挨拶の場にしたいとか、カレンダーに載せる時期に間に合わせるために移籍先を早く決めて欲しいとか、もちろん自身の球団でも編成をし直す必要がありますから、色々支障が出てくるとは思いますけど、
 
基本的に動かずして莫大な純利益が転がり込んでくる巨大なビジネスなのですから、細心の注意を払った上で入札に臨むべきでしたね。
 
そう書いている内に、岩隈自身が残留との表明をした記事が出てきたみたい。
 
僕は日本人ですから。  だって。。。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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結局、日本シリーズはロッテが勝ちましたが、シリーズ中のマリーンズは好守に渡って隙があまり感じられなかった。大敗した2戦目を除けば終始優勢だったチームが栄冠に輝いたのはさも不思議なことではありませんでしたが、幸運なことに7戦まで縺れたことにより関心度も高まり、そして興業的にも価値が上昇するという嬉しい結果に終わったことでNPB関係者も胸を撫で下ろしている心境だったのではないでしょうか。
 
時間的なこともあり、熱心に観戦したのは初戦と千葉での4、5戦目、そして決着のついた7戦目だけでしたが、ロッテ打線の元気の良さはMVPを獲得した今江や井口だけではなく、第4戦で先制打を放った西岡の強烈な三塁線を破るダブルが最も印象に残っています。ああいった打球は中日打線の中では森野と和田くらいしかイメージ出来ませんでした。その位ドラゴンズの脇役陣が非力だったということです。井端が絶不調でブランコがブレーキとあっては得点力が落ちるのも仕方ないことですが、2死1塁で打者和田という状況が最も期待出来るイメージというのではかなり苦しい戦い方だったように思います。
 
戦略面では、ロッテは犠打12を数え(独自で集計)初戦から万遍なく実行していたのに対し、中日の方はようやく4戦目から使い出したのは意外な点でした。打力の優っている方がアウト1個を犠牲にしてでも手堅く点を取りに行ったのに対し、先制逃げ切り型のチームが強攻策に出てこれが裏目というのも不思議だったという他にありません。
 
戦局の方では、中日がタイに持ち込んだ4戦目の勝利でいわゆる「勢いに乗る」というのは感じなかったですね。レギュラーシーズンでモチベーションの低い状態にある球団ならまだしも、頂上対決で接戦の末敗れたとしても、誰が意気消沈しますでしょうか。これも日本シリーズの醍醐味の一つであったと思います。
 
それと何といっても第6戦の延長15回ですが、あそこで中日が取れなかったことが響いた形となりましたが、悟りの早いファンであればあのゲームで万策尽きたかと思ってしまいそうなくらい、
 
詰められなかったです。
 
ツール、デプス、粘り、全てに欠けていたといっても過言ではないような。
 
それでも最終戦でロッテに僅かな隙が生じました。同点の場面で内を投入し、1点を勝ち越しても尚続投させた展開。そして9回に抑えの小林宏がBlsvした時点で「このゲームをモノにすれば翌日は勝機が巡ってくる」と。テレビ解説陣が内を褒めちぎっていたのと同様に、このシリーズでは彼の登板状況によって勝機が左右するほどに見えていましたし、その内が3IPも消化すれば次の日再び登板したとしても連投への慣れから付け込む隙が出てくるなぁと。
 
でも、浅尾がそれ以上のイニングに突入してしまった時点で終戦が見えてしまいました。
 
内については、ただただ凄かったです。もう、彼のシリーズじゃないかと思える程に。名前だけは知っていましたが、クライマックスで投げる場面を見てから彼のファンになってしまったようです。来季は彼を中心としたチーム(適正によって先発か抑えかで)を作るべきではないか?日本を代表するピッチャーに育つ雰囲気をかなり感じました。浅尾が霞んでしまう位に。
 
中日はちょっとガッカリしました。落合監督の手腕については、ここまで来たのだから間違いは極力少ないのだろうけど、選手が真面目すぎるというかワイルドさが欠けている部分を見つめなおして欲しいですね。
 
超簡単な雑感でまとめてみました。
 
今年も野球シーズンの終わりか。
 

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前回からの続きになりますが、その前にhausさんの考えとは正反対ともいえるようなコラムがありましたので、そのURLを。
 
 
文章自体は中々良く出来ていると思う。古い旅館という例えも、なるほど自分がそうした立場であったとしたら意見が少し変わっていたかも知れない。10年前、いや5〜6年前の自分だったら大いに同調していたかもしれないであろう、テレビ中継に対する考え方やファンサービスの求め方。
 
要は、現場を預る監督自らファンの関心度を失わずにメディアソースとなる話題を提供し続け、それで尚且つ勝ち続ける必要があると訴えている様子。乱暴な表現をすれば、落合監督はプロ野球ファンの興味を削いでいる部分があるとも。
 
果たしてそうだろうか?
 
hausさんはこう考えるのですが、昔はプロ野球自体のファンというのは極少数の存在ではなかったかと。巨人ファン、阪神ファンという言葉は聞いても「プロ野球ファン」というのは耳にした例がありません。日本シリーズの対戦カードがどんな形であっても、必ず球場ないしはテレビ観戦するファンと、一球団のファンとでは一体どちらが多数なのだろうか。
 
確かに、以前よりもプロ野球全体に関心を持つ人は増えていると感ずることが多くなりました。的チームのファンとも仲良く観戦したり、互いの戦力を語り合ったり。しかし、球団単位のファンよりもプロ野球全体のファンが上回っているという実感は全くありません。日本シリーズに出場するのがもし、巨人だったらファンの関心度は上がっていたでしょう。それは単純に巨人と中日の人気度合い、というよりも全国的な知名度で後者の分が悪いのは仕方の無いこと。
 
ですので、該当コラムに対する意地悪なオブジェクションを考えると、人気チームが出てこないのがいけない。強くても人気が無ければ価値が低いと。少なくとも、人気対策に熱心な監督のいるチームが望ましいとも受け取れます。
 
でも、それはあまりにもドラゴンズ及び落合監督に責任を被せるように見えてなりません。ここでコラム文章の一部を抜き出して見たいと思いますが、
 
落合は確かにファン思いではある。でも、その対象は、あくまで中日ファンだけだ。決してプロ野球ファンではない。
 
多くのファンは、こういうご時世だからなおのことだが、やはりプロ野球に夢を描きたいのだ。具体的にどうすればいいか、という話になると、それは確かに難しいことだろう。また、監督やスタッフは今も昔も勝つことだけで必死なのだ。それだけに野球の「夢」という部分を現場サイドだけに求めるのは酷かもしれないが、中日にはやはりそういう戦い方をして欲しいと思う。
 
落合監督はメディアに愛想が無い。WBCにも非協力的だった。自分(とチーム)だけが良ければいいと思っている節がある。
 
これって、大部分が現場(監督)に責任を擦り付けではないだろうか。監督に愛想が無ければ、広報担当がリップ利かせれば良いだけのことで、WBCに協力すべきは選手の雇用権利を持つ球団側であり、自分達だけが良いのが良くないと考える前に、自分達を良くする努力が足りないチームに対してはどうなのか?
 
落合は落合なりに、プロ野球の夢を提供していると思っている。第一戦は負けはしたものの、「そういう戦い方」をしていたと断言出来る(前回記事参照)。
 
中日球団の歴史の中で、落合が監督になるまでの68年間でリーグ優勝は5回。落合が監督になってからの7年間で日本シリーズ出場(リーグ優勝と同等価値)は今年で4度目。ドラゴンズの優勝を願うファンから見れば、流行口調的に云えば神だし、結果から見ても手腕は間違いないことも事実。ドラゴンズは自分もあまり知らない選手が多くシリーズを見ても地味目に写るのですが、「落合が監督をしているチームの選手なのだから、何か持っているんだろう」といったように観ることが出来ると思う。実際、自分はそこに小さな夢を感じるのであります。
 
そもそも、人気対策を監督に求める行為自体が不自然な気がしてなりません。気がしてなんかじゃない、明らかにそうだろう。
 
しかし、その二つを両立したとされている監督が存在していると思われている。
 
そう、長嶋茂雄。
 
話が横道に逸れますが、ギャオで「新・巨人の星」を見ていたら長嶋監督があまりにも常識人っぽくて、逆に笑ってしまった。漫画よりも本人キャラの方がマンガチックという人なんて、他にいないでしょう(笑)。
 
ですが、この長嶋伝説というのも後からついてきたものもかなり多い。それに加えて監督業としての実績では、選手時代のものを超えているとは決していえないでしょう。ただ、チームを何度も優勝に導いた名監督という評価もあながち間違いでもないと思う。
 
よって、精度の優劣こそあれど選手実績・監督業績・人気対策の3ツールを最もこなした人が長嶋茂雄であり、その影響によってメディアもファンも人気対策における監督の任務を重要視した「ナガシマ病」が発症し、今に至っている。というような仮説が立てられました。
 
でも、そんな監督なんて100年に一度出るか出ないかかもしれませんよ。そうしている間にプロ野球が消滅してしまう可能性すらあると思いますけどね。
 
 
テレビの話に戻りますが、今の野球ご時勢で地上波ナイターを従来どおりの収益で売るためには様々なライバル達を駆逐しなければなりません。下手に同調するからバラエティチックな実況に走ったりしてコアなファン層がMLBに逃げてしまう過ちもあったと思います(hausさん自身がそうだといえます)。
 
ここは踏ん張りどころというべきか、多くの日本人に得意な「何が駄目なのか」ではなく、「どうすれば良いのか」と真剣に考えるだけではなく、推し進めていくべきなのだと思います。
 
ここでもそういったアイデアが生まれれば、惜しみなくだそうと考えております。
 
 
 
 

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地上波中継と野球人気

日本野球機構(NPB)は26日、中日―ロッテで30日に開幕する日本シリーズのテレビ中継局を発表した。第1、2、5戦は地上波の全国中継が行われず、ローカル放送とBS、CSで中継される。

 11月2日の第3戦はテレビ朝日、3日の第4戦はテレビ東京、第6、7戦はフジテレビが全国中継する。しかし、第4戦も4日に順延された場合は全国中継は行われない。地上波での全国中継がない異例の事態にNPBの下田事務局長は「全国のファンの皆さまに地上波でお見せできなくて申し訳ない」と話した。来年へ向け、実行委員会などを通じて12球団と対策を練る意向を示した。

 日本シリーズの放送権料はNPBの財政の柱となっている。しかし、今年は6戦すべてに地上波の全国中継があった昨年の5億6700万円を大幅に下回ることになる。
 
スポニチアネックス 10月27日(水)7時2分配信
 
 
このところ地道に且つ、割と話題になっているこのニュース。
 
焦点となっているのは、「異例事態」と「減収」。前者は(プロ)野球人気の衰退を象徴したような現象をプッシュし、後者は経営面での危機を表しているということで良いでしょうか。
 
因みに昨日の第一戦は6回途中辺りまで(BS)テレビ観戦していましたが、ロッテ・中日両チームの素晴らしいプレーに魅了されっ放しでした(といいながらゲーム途中で見終えてしまったのはオチですが)。一番の推しは藤井のランニング&ジャンピングキャッチ、次が蔵本のセンターライナー処理。里崎のバント処理も素晴らしかったし、ゲーム序盤でのHR合戦はさらに見応えがあり、「これぞ日本シリーズ」という醍醐味は十分に伝わっていたと思うのですがね。
 
あれだけHRが連発したのも、吉見&成瀬といったコマンド性質の優れたエースに対し、ヤマ張りといった安直な打撃とは違い、そうそう大量点は取れないだろうから球種ないしはゾーンをかなり絞った上で打席に望んでいたのではないか?確かに吉見は制球が甘くなり過ぎていたキライもありましたが、打者にその気が無かったらあそこまで飛ばされなかったと思う。
 
と、これだけ素晴らしいゲームを何故?地上波で放送しなかったのかという論点になってしまうのは厄介なことです。ゲームはゲーム、中継は中継と割り切って考えるべきといいますか、別に我が家では(BSで)不自由なく観戦出来ますし、例の「異常事態」については客観的な所感すらありません。
 
そもそも、日本シリーズだからといって地上波でナイター中継をするのが常識だとも思いませんし、中継して貰いたいのであれば以前のようにデイゲームで主催すれば済むのではないでしょうか。それで済まないとすれば、時間帯による放映権料の違いが考えられますが、それは今の時代では贅沢な悩みとしか考えられないというべきでしょう。というよりも、プロ野球中継というコンテンツは今後一切地上波を仕切ることは不可能に近いとさえいえると思います。
 
ここでhausさんの野球観戦歴から、ナイター中継(東京地区)の変貌をおさらいしてみたいと思います。
 
昭和(←とかいって笑ってんじゃねーぞ)50年代前半
 
ナイターは19:30〜21:00頃まででした。ゲーム展開上だと4回から7、8回程度まで。運が良ければ試合終了まで見れることもありました。もちろん、ほぼ巨人戦です。
同時にUHF波(ローカル局)では主にセ・リーグの巨人戦以外のカードを中継していたので、専用のアンテナを屋根に括りつけ、当日の中継に合わせてアンテナ方向を変えていました(千葉テレビだと千葉方向、埼玉テレビでは埼玉方向。今考えると笑える)。
しかし、ローカル局も巨人戦という飴玉には勝てなかったのか、18:00〜19:00の間はトップナイター、21:00以降はリレーナイターと証した、まるでキー局の下請け作業のような巨人優先の中継事情にかなりムカつきながらも、やっぱり野球が見れるので満足していました。
 
昭和50年代後半ぐらい?
 
地上波の中継が19:00から始まってきたと思います。今でこそ理解出来ますけれども、19:30前後のCMがやたらと長いことに違和感を覚えつつ、どちらかというと中継時間延長の方に満足感がありました。何しろ試合終了に間に合うケースが断然増えましたので。この動きで何時の間にかローカル局のリレーナイターは消滅してしまったようです。
 
昭和60年代〜平成初期
 
この辺りがテレビ中継による野球人気のピークではないかと思いますが、割と巨人戦以外にも中継するケースが出てき始めたという記憶があります。そうなるとゲーム途中で放送打ち切りとなってしまう局の事情に非難するファンの声が出てくるようになり、暫しメジャーリーグの中継との比較対象がされてきていました。同時に、野球ファン以外の視聴者から「予定時間でドラマが見られない」「ドラマを録画予約したのに野球が移っていた(苦笑)」などの苦情も寄せられ、テレビ局は混乱の時代に入ります(ここはかなり妄想族)。
 
平成10年以降〜現代
 
もうお解りでしょ?でもま、事例をちょっとだけ。
 
☆系列局なのに巨人戦中継から撤退
☆日本シリーズなのにパチンコメーカーくらいしからスポンサーが付かなかった
☆清原と新庄のお笑い解説の評判がすこぶる悪かった(個人的には有り)
☆そして今年、地上波から抹殺宣告を受ける
 
と、かなりテキトーな振り返りですが、同世代もしくは年長者のファンは懐かしいと感じていただき、新しい世代の方々は「そんな時代もあったんだ」と知っていただければ嬉しいです。とにかく、屋根に上らないと東京で阪神戦は見ることが出来なかったとだけ、覚えておいて下さい(爆)。
 
で、ここで論点としたいのは地上波でのプロ野球中継が当たり前のようにあって、しかもナイター中継が2時間以上放送されていた時代は20年に満たないだろうということと、MLBやBSの普及も手伝って試合終了まで中継といったスタイルが増えてきた今の時代に、中途半端な中継時間で視聴者を満足度させることが出来るのか?それともう一つ、草食系(既に死後ですか?)お父さんがチャンネル戦争に勝てるか?ということです。
 
最後は無理ですね(自爆)。一番最初のやつは結構見落とし勝ちなことではないかと思います。「昔はもっと苦労しながら見たものだ」といえてしまえる世代なのがチト悲しいですが、つくづく感じるのは、野球と地上波というのは最初から相性が良くなかったのではないかということです。いや、野球に限らず多くのスポーツ競技とテレビ自体のマッチングが悪いとさえいえるでしょう。そこにきて、年間150日以上もある野球というスポーツがテレビを牛耳るには無理が有り過ぎたと頭を冷やすことも必要ではないかと。さらに、NPBはNHKやCS局からも中継料を仕入れているのに加えて民放地上波からもお金を頂こうというのは、その分視聴率が下がる訳ですからちょっと虫が良いのでは。
 
想像すると、NPB側が日本シリーズへの収入源に期待し過ぎている面は否めません。確かに、野球ファンからみれば日本シリーズこそが頂点であり、その大イベントに多くの関心が集まるのは当然だという趣かもしれませんが、恐らくテレビメディアのニーズからすれば、単なる日本シリーズよりもハンカチ王子のデビュー戦の方が遥かに勝っていると考えていても全く不思議ではない。そういったメディアなんじゃないでしょうか、テレビというものは。
 
だからこそ、NPBは従来の収入源を充てにするのではなく、新しいアイデアを持ってして増収を図れるような頭の柔らかい組織になれば良いのではと思います。極端な話、野球人気復興のため、日本シリーズの放映権は叩き売りでもしていて地上波での中継をお願いしていれば、昨日のゲームのような素晴らしいプレーをより多くの人々に魅せることが出来た訳ですし、そういう結果論は非常に重要なのではないかと思います。
 
序に言えば、せっかくWBCで世界一になったのですから、少数であってもアメリカのテレビ局に日本シリーズを売り込みをかけることも可能ではないかと思いますし、オーストラリアだってそうです。世界的に見れば野球ファンないしは野球に興味のある人間は決して多いとはいえないかもしれませんが、それ自体がチャンスと考えることも出来ます。
 
もう一つ大事なことは、NPBの人気が落ちているのはスター選手の海外流出が全てではありません。MLBが毎年増収しているのはスター選手がいるからではありません。そろそろ機構自身が海を渡って挑戦する時期なのかもしれません。

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小林繁さんを偲んで

小林繁さんが亡くなられました。57歳という年齢は残念でなりませんが、
身近におられるご親族の方々や、江川卓さんを始めとした野球界で
関わられた方々のような近い間柄では当然ありませんので、これ以上の感情は生まれる
べくも無いのですが、その代わりに阪神ファンだった私の想いを書いてみたいと思います。

当時、私は小学生から中学生になる年頃でした。
「空白の一日」事件については、多くのファンと同じような感想を持っていましたので、
もちろん「江川憎し」「小林負けるな」のマインドで応援していました。

その甲斐あってか(?)、巨人戦8連勝を含む22勝で小林さんはタイトルと沢村賞を獲得、
混戦のセ・リーグを抜け出すことは出来ませんでしたが、一先ずは巨人よりも上の順位と、
まぁまぁの出来といえたシーズンだったと思います。

ただ、トレードという正規の手順を踏んでいながらも「巨人にいた選手を間借りしたような戦いで
巨人を抜いてもあんまり嬉しくないな」といった感情も同居しており、
一年を経過しても中々理屈が呑み込めない気持ちがあったことは確かです。
どちらかといえば、生え抜きの山本和行さんや工藤一彦さんの方を応援していたと思うので、
エモやんとか小林さんは本当の戦力ではない、と大変失礼なことを考えることもあったのですが、
もちろん、こうした愚かな感性は次第に是正していったのは明らかです。

小林さんが加入して2年目の1980年。打線の軸であった掛布雅之さんが故障で長期離脱してしまい、
真弓さんのホームランラッシュやどんでんのデビューなど、プラス材料もあったのですが
チームとしては順位を一つ下げてしまい、巨人にも抜かれるなど悔しいシーズンでした。
ただ、最多勝争いでは小林さんと和行さん、それに江川さんと西本聖投手の4人が最後まで
もつれた争いをしたと記憶しているのですが、これは僅かに及ばなかったんですよね。
これも悔しい気持ちで一杯だったのと、もうこの頃には小林さんの「元巨人」というイメージも
大分薄らいでいったんじゃないかと思います。

1981年は江川さんが本格的にブレイクし、ペナントも巨人の大独走という更に残念なシーズン。
小林さんも3年連続で15勝以上したのですが、遠く及ばない年でした。

そして1982年、私の中では特に印象に残ったシーズンでした。前年でエモやんが辞めてしまい、
阪神は先発陣の駒が足りない状況の中でシーズンのスタートを切ることとなったのですが、
開幕戦でしたか、あれは。横浜スタジアムでのホエールズ戦。2-0か何かの僅差でリードしていた
最終回、マウンドにはもちろんエースの小林さんが立っていたのですが、ピンチを迎えてしまい
同点にされてしまいます。その後、敬遠の指示にご本人曰く「意気消沈していた」とのこと、
3球目がなんと暴投となってしまい、3塁走者は労せずホームイン。阪神と小林さんにとって、
悪夢のサヨナラ負けとなってしまいました。私はこの試合、テレビでしっかりと見ていたのですが、
「こんな負け方あるか?」と、今でも五指に入るくらいガックリきたゲームでした。
しかし、今となっては良き思い出です。

まさか?とは思いましたが、画像アップされた方がいたようですね。
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=PraHx0Nf6YQ

こうしたショッキングな敗戦もあってか、シーズン序盤の阪神は例年にも増して負けが込み、
確か5月頃からは第二エースだった和行さんを抑えに回す非常事態で、
最初の段階で4人しかいなかったローテーション投手が3人になってしまい、小林さんと工藤さん、
そして伊藤弘利さんだけでローテを回す期間があったことを、よおく覚えています。
テレビでは「小林、またもや中3日での登板です。疲労は大丈夫でしょうか?」
といった解説がしょっちゅう流れていた記憶が。それでもチームは上昇気流に乗って
7月ぐらいだったかなぁ、13連勝もしたのですよね。それで巨人、中日との首位争いにも
割って入るようになりました。

ですが、小林さんの肩か肘かが悲鳴を上げ、オールスターを境目にしてだと思いますけど、
長期離脱となってしまい、最後までペナントを盛り上げることが出来なかったのがまたもや残念でした。

8月には審判団に対する暴行といった悲しい事件も起きました。

そして翌年の1983年を持って小林さんは31歳の若さで引退してしまいました。

この引退は俄かに信じ難いものでした。だって、13勝もしての引退ですから
何かの間違いじゃないかって。江川さんの方は順調にキャリアを上っていましたし、
「やはりトレードは失敗だったのか?」
「あの中3日が・・・」

と、色いろな思いが巡っていたと思います。

それと同時に「この先阪神は大丈夫か?」というのもありましたし、
とにかくエースの早すぎる引退は衝撃の一言でした。

そんな不安も2年後には掻き消されてしまうのですけどね。。。

暮れの赤星引退の件もそうですが、体格に恵まれない選手が気力を振り絞ってプレーすることは
想像を絶するほどの消耗があるのかもしれません。
小林さんもそんなイメージでした。

もう一つ画像で当時のピッチングを眺めることが出来ますけれども、王さんから三振を奪った
低めに落ちるシンカーか何かでしょうか?鋭い切れ味ですね!


江川さんとの対談に関しては何も感想ありません。事件についてはともかく、
お二人の関係については口を挟む余地もありませんから。
それに、江川さんの禊ぎはとうに終わっていると思いますし。

小林さんの引退は、私にとって「酷使」という言葉が初めて脳裏を過ぎった出来事でもありました。
下に生涯成績をまとめてみましたが、その頃は気が付かなかった「阪神時代の方が明らかに酷使
されていた」という事実を後で知りました。

エースって一体何なんでしょうね

先発完投の美学って何?


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