ワタシの住む界隈ではかなり有名な八百屋さんマツモトのおばちゃんだった★ いつも生協の宅配で買い物するので、マツモトに行くのはたまにのワタシも、聞こえてくるおっちゃんの高い声で、おばちゃんが倒れたことを知った。 それから数ヶ月ワタシとおばちゃんは患者友だちとして入院生活を送った♪ おばちゃんは言葉が出にくくなっていて、いろいろ話をしてくれるんだけど半分くらいしか分からない。 まるでスペイン語かなんかを聞いてるように、半分以上想像の世界で、あ〜か、こ〜かと確かめながらの会話^^; お父さん、遅いなぁ。 おばちゃんは朝から何回も繰り返した。 面会時間の3時より10分以上早く、必ずおっちゃんが現れた、毎日必ず。 おばちゃんの顔がぱっと明るくなる♡ 数ヵ月後、ワタシたちは同じ頃に退院。 おばちゃんはしばらく八百屋の店先の椅子に座ってニコニコしていたが、また倒れたり、入院したり、転院したり、そしてとうとう帰らぬ人となった;; その間8年。 クノールのスープを買いにいく度おっちゃんに状態を聞いていたけど、おっちゃんは毎日欠かすことなくお見舞いに行くのだと寂しそうに言っていた。 いろんなことを考えさせられる。 おばちゃんは幸せだったのかなぁ・・・おっちゃんはさぞかしがっくり来たやろうなぁ・・・ ワタシが倒れたら夫は毎日お見舞い来てくれるかなぁ?(来なかったなぁーー;) お葬式に行けなかったから、お供えだけ届けに行ってまたスープミックスを買った。
晩ご飯の1品やね、おばちゃんのご冥福を祈りながら・・・★ |
アタマにできもん!?
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☆脳腫瘍の発病から入院、手術、治療などなど、忘れられないお笑い体験をつづっていきます。(約10年前の出来事です!)☆
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今日はパン屋のバイトを終える直前、店に入ってきた人が「先生!」と声をかけてくれた。 え?一瞬考えて思い出した懐かしい人^^☆+゚ ちょうど脳腫瘍ができて入院する頃、街のショッピングセンターでやっていた子ども英語教室に通ってくれてた生徒のお母さん。 3人きょうだいのにぎやかま子どもたちを連れて、それ以上に元気いっぱいの笑顔を見せてくれていた素敵なお母さんだった♪ 急に入院、手術、治療と続いたので、それまで教えていた約30人の生徒とは緊急連絡したっきり、教室で顔を合わすこともなかった。 うれしコトにお見舞いに来てくれた生徒やそのお母さんたちも多かった。 今日会ったI村さんも恥ずかしそうにする息子ふたりとかわいいお姉ちゃんを連れてお見舞いに来てくれた(ような気がする・・・なにせ記憶があいまい^^;) お見舞いにみんないいもの持ってきてくれるのだけど、何よりもかわいい子どもたちが来てくれるのが楽しみだった♥+゚ で、お見舞いにもってきてくれてうれしかったものは次回発表の予定^^!
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http://blog.goo.ne.jp/ktzkkzn/c/06698cdb2da97ae16fc9862f16ce7178/1 トレックさんという方が書いているもの。 まだ新婚だったトレックさんの結婚相手の女性がやはり脳腫瘍を患っていた。 彼女の症状やトレックさんの心情が気になり、時折ブログを訪問しては、 「きっとよくなりますよ!」 なんて書いてきたワタシ。 今となれば、自分のいい加減さ、無責任さにあきれる。 同時に世の中って不公平だと感じる。 先日久しぶりに開いたトレックさんのブログには、彼女の訃報が書かれていた。 愕然としながらも、お葬式から数日後のトレックさんのコメント。 どんな言葉を掛ければよいのか、掛けてもいいのか迷いながらも、同じ悪性腫瘍の元患者、何度もきれいなお花畑に向かったワタシは(三途の川ちゅうやつ?)こんなことを書いてみた。 「トッレックさんの愛をいっぱい受けながら逝った奥様はきっと幸せだったと思います。」 本当のところどうかはわからないし、残された人の気持ちもわからない。
でも、トレックさん、元気を出してね。ゆっくりとね! |
淡路で彼を知らない人はいない!?というほど、有名な脳外科医とか。 とにかくおしゃべり好き! そしてやたら記憶がいい! 昨日も「○○ちゃん〜ん!」下の名前で呼ばれ診察室に入っていくや否や、始まったおしゃべり。 もちろん職業柄MRIの結果診断、説明が先。 「きれいやねぇ」(ワタシの顔でなく画像の脳、悪いものは何もないという意味) 「じゃぁ、今日で卒業ですね!」と確認。 「うん、もう来なくていいネェ。」 といいながら当時の手術を振り返る医師。 「いやぁあの時は大変だったよ〜、確か悪性のアナプラスティックアストロサイトーマ(腫瘍の種類)だったなぁ。」 「放射線でたたいて2回目は取りやすくなって、完全に取ってあげたからねぇ。」 「腫瘍の場所が言語に近いから、仕事が英語の先生や言うから、気を遣ったよ〜。」 これにはワタシも「ありがとうございました」「おかげさまで」「お世話になりました」の繰り返し。 現金積み上げたりしなくていいのかしら?というくらい感謝の気持ちでいっぱいに。 そして、お礼もたっぷり言ったし、帰ろうかと思ったとたんに始まったK村トーク。 「確か君のお父さんは・・・・だったなぁ。・・・(あ〜だ、こ〜だ)・・・」 「確か君のお姉さんは・・・・だったなぁ。・・・(あ〜だ、こ〜だ)・・・」 「確か君の家はなんとかいう温泉の近くだったなぁ。あそこのなんとかいうアイスは美味しいなぁ、いつも妻と買って食べるんだよ〜。」 おそるべし記憶力!あ、ちょっと「確か」と「なんとかいう」増えたかな? このあたりで、次に待っている人のことが気になってきた。 「あ、パルシェのラベンダーアイスですね。今度持ってきてあげたいけど、溶けるからダメですね〜」と適当なことを早口で言う。 「あ〜、君とも今日でお別れやねぇ」 ちょっとだけホロリとなりながら、またまた「ありがとうございました」「おかげさまで」「お世話になりました」の繰り返し。 あ〜、次の患者さん怒ってるヤロなぁ、と作戦を立てた。 「じゃぁ最後に先生の写真も取らせてください、忘れないように・・」 「一緒に写そうか?」と看護士さん。 「いえいえ(作戦ですから^^;)」 かわいい孫が2人もできたと喜んでいるK村先生。 ファインダーをのぞくと、すご〜くいい感じのおじいちゃまになっていた。 この写真ボカシ無しでキレイにプリントして先生に送ってあげよ!
あと10年がんばってね!のメッセージをつけて。(世間ではよく聞く話だけど、現金は送りません^^;) |
これで結果よければ脳腫瘍の再発の恐れはなし、とうとう卒業、と勝手に決めていた。 初めて脳外科で受診したのは、1998年1月26日。 以来、2年のうちに入院、手術、放射線や抗癌剤などなどの治療を繰り返し、それからそれから何年かして、なんとワタシは今、超元気!ホンマありがたいことです*^^* さて、今日はまず、MRI(磁気共鳴造影だか、なんだかやたら音のうるさい機械での検査)から。 ワタシの想像では巨大磁石がぶつかり合いながら映像を作っていく…という感じがするような機器。 いつもならこの轟音の中でも不思議とウトウト眠ってしまうのに、今日は造影剤の注射がなかったからかしら?アレレというまに終わってしまった。 先月予約に来た時に、脳外科のK村先生が言ったこと。 「造影剤ありする?無しする?え?」 「いつもありだったけど・・・」とワタシ。 「どっちでもええけど、よその病院で造影剤打って死んだ人おるんよなぁ。」 って、ワタシのこれまで数十回受けてきた造影剤ありの検査はなんなんだったの>_<? 確率からいうとそろそろ当たりそうだから、今回は造影剤なしで-.-; それで寝る間がなかっという話。 ある意味安眠妨害^^;? しばらくぶりに行くと病院も進化していて、ほぼ全科が予約制になっていて待ち時間も短くなっていたはず。 その上、撮ったばかりの出来立てホヤホヤMRI画像を持って診察に行くことが出来るようになっていた。以前は日を変えて出直してたのにね! で、結果は、大合格! 画像には悪いものは何にも写ってない。 さぁ、ここからが長い、K村先生のトーク。
内容は明日にしとこ。 とにかく卒業おめでとう!ありがとう! |



