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2歳3ヶ月になる孫娘がラッパを逆さまに口にあてて喋っている。何を言っているのかと耳を澄ますと「ぼうさいのだ(防災野田)です」と言っている。市内にある拡声器から流れてくる音声を真似て遊んでいるのです。彼女には驚かされます。
時々、蒼い空の彼方から生まれたかのように、その拡声器から行方不明者捜索の音声が流れてくる。自宅や施設から居なくなった認知症老人に心当たりのある方はご連絡くださいという内容で、その人の身体特徴や服装を告げている。
それを聴くとその老人の無事を祈りたくなるが、同時にその老人は自分の行きたい処があり、そこに行こうとしているのではないかとか考えてしまう。記憶の奥深いところにある原風景の懐かしい場所。そこは残骸記憶の終極の桃源郷で、そこを求めて惹かれる様に歩いてゆく姿が浮かんでくる。動ける身体を必死に使い、たどり着こうとしている。本人は確かな目的地があるのだが、他者から見れば彷徨っているとしかみえない光景。そこに連れていってとも言えず、まだらになった記憶をつなぎ合わせようと、無言の脳内であがいて叫んでいるのではないだろうか…。何故かそんな気がするのです。
そんな事を考えていると、拡声器から老人は無事に保護されましたとの音声が流れてくる。だいたいはその日のうちに保護されるので、恐らく遠くには行ってないのだろう。良かったと安堵すると同時に、連れ戻される老人の無念を思うと物悲しくなる。
わたしにはどうすることもできないこと。夕闇がかぶさり、老人を、拡声器を、そしてわたしを静かに包んでいきます。
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