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口伝 高志の二つの大神宮 5
前回の 豊玉毘賣 神社を中心とする高志の大神宮の考察では、【 豊玉毘賣が 鵜草葺不合命を産んだ 葺不合(ふきあへず)の 産殿跡と鵜草葺不合命を祀る神社が産神社と神明神社で、全国一社の玉子・ 豊玉毘賣 神社の「玉子」は鵜草葺不合命が「玉子・皇子」であるがゆえに名付いたと考えられる。】ということでした。
今回は、 豊玉毘賣と 鵜草葺不合命の大神宮の西側に接する石井町高原字中須の大神宮を考察したいと思います。
高原村史によりますと、現流吉野川や江川の治水は文化・文政・天保の江戸末期より始まります。
明治初期までには小規模な堤防が築かれていましたが、明治 16 年〜 19 年頃より明治政府・内務省管轄
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