慌てん坊将軍 弐拾壱

ブログ主は7月29日、急性の心不全によって逝去いたしました。

登山関係

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奥多摩から西東京バスに乗り、東日原まで行く。

東日原で下車して中日原まで歩くと、登山道に出会う。

登山道に入ると直ぐに巳ノ戸橋を、渡る。

急坂にあえぎあえぎ登ると、稲村岩の西に出る。

これより延々と稲村岩尾根を登る事になるのです。

東日原のバス停から、徒歩約4時間程で、

標高 1736.6mの、鷹ノ巣山に到着します。

それから 30分程下ると、鷹ノ巣山避難小屋に付きます。

今は新しく立て替えされてしまいましたが。

旧避難小屋には、例のオーブが沢山集まっていました。(⌒o⌒)

此処でオーブの画像を入れると・・・みやぎSF43局長から、

「やめてくれ〜」のコメントが来そうなので、割愛させていただきます。

悪しからず m(__)m 。

話は戻って この小屋は年末年始や春休みや五月の連休に、混雑します。

でもそれ以外の日は、訪れる人はかなり減少します。(^o^)V

有る年の弐月に休暇が取れたので、出掛けたのです。

弐泊参日いたのに、人間には 誰壱人出会いませんでした。

此処であえて 人間には と書いたのには、訳があります。

そう 人間以外の何かに出会っているのです。(>o<)

何に出会ったのかは、ご想像にお任せします。

滅多に出会う事は無いでしょう、いやもう会いたくありません。

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グッドラック 山男と山女 及び 訪問者の方々

昔あった鋸山避難小屋

すでに数年前に壊されてしまいましたが、奥多摩の鋸山に避難小屋がありました。
 
奥多摩の駅から歩いて約弐時間参拾分で、到着するのです。
 
コンクリートブロックと硝子のブロックで作られた、かなり堅牢な小屋でした。
 
中には石とコンクリートで作られた、暖炉が有ったのです。
 
暖炉の横にはボランティアの方々が、拾い集めてきた薪や新聞紙等が積まれていました。
 
小屋の周りにはやはり適当な大きさに切られた薪が、沢山積んでありました。
 
トイレも完備したこの避難小屋には、冬期に良く行っては泊まったり修理をしたり。
 
天気の良い日は、布団を日にあてたりしていたのです。
 
この布団はボランティアの方々の寄贈品です。
 
所が年末年始になると、ここに酒を持ち込んでどんちゃん騒ぎを行う輩が居たのです。
 
更にこの酒飲み集団は、ボランティアの方々が作った布団台を壊し。
 
雪の降る中に布団を放り投げて行きました。
 
まともな人間の行う事とは、思えません。
 
でもちょうど鋸山に登って居たときに、酒を運び込んでいる所を目撃しました。
 
200mm望遠レンズでその姿は、しっかり捉えています。
 
大岳山の山荘に泊まって、御岳駅に降りるのを中止して も し や と 思って戻って来たら。
 
この有様、棚は無く・布団は雪の中、慌てふためいて布団を小屋に入れました。
 
そのうちその酒を運び込んでいる、画像を公開しようかと思っています。
 
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地震のおかげで この ブログ 消えてしまいました。 

大 岳 山 の 山 頂 で !

その昔 当直勤務が終わりそのまま、奥多摩に向かいました。
 
みたけ駅で下車して、たきもとのケーブルカーの駅に向かいました。
 
体力にゆとりが有ったので、ケーブルカーに乗らず登って行ったのです。
 
御岳山に到着し、宿坊や土産物屋を通り過ぎ大岳山に向かいました。
 
大岳山の山頂に着いた時は、午後参時を過ぎていました。
 
でも参時間も下れば奥多摩の駅に出られると、軽く考えていたのです。
 
遅い昼食を食べ終わったら、睡魔に襲われました。
 
そして気が付いた時は周りは真っ暗、    どうしましょう。
 
万壱の事を考えてリュックの中には、何時もツエルトを入れていましたので。
 
ヘッドランプの光でツエルトを、なんとか張りました。
 
標高 1266.5m での強行ビバークが、スタートしたのです。
 
持っていた雨具や防寒具を全て身に纏って、横になりました。
 
ポリタンを枕にして寝るのも楽しいモノでした。
 
でも断熱マット無しでは、地面の冷たさがダイレクトに体に伝わります。
 
リュックをひいていても、背中・腰・足に冷気が襲いかかります。
 
おかげで夜中に何度も目を覚ましました。
 
その夜の長かった事は、今でも忘れません。
 
皆様 当直明けでの山行は、居眠りに気を付けましょう。
 
翌朝明るくなってから一目散に、奥多摩の駅に向かいました。(加速装置ON!)
 
夕食無しでしたから立ち食い蕎麦の美味しかった事は、言うまでもありません。
 
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避 難 小 屋 の 住 人 ?

昔 本当に有ったお話しです。
 
 
奥多摩の御前山の東側下に古くから避難小屋があるのです。
 
その避難小屋の直ぐ近くに一年中涸れない、湧水があります。
 
昔の避難小屋はトイレ(大)が二つあり、土間までありまして とても便利でした。
 
ところが その避難小屋にいつの間にか、住み着いている男がいたのです。
 
調理器具や食器や食料や調味料まで持ち込んでいました。 (呆れた!)
 
避難小屋に行くと、まるでこの小屋を管理している様な振る舞いでした。
 
あまり態度が悪いので・・・
 
「この土間に石を積んで火が焚ける様にしたのは私だよ」
 
「トイレの中にローソクが付けられるように金属板を取り付けたのも私だよ」
 
                          つい 上品な 江戸弁で・・・!?
 
と 言ってやったら おとなしくなりました。 (本当の事ですから)
 
数年前にこの避難小屋も、立てかえられてしまいました。
 
もう小屋の中で火は焚けません、冬は寒いでしょうね。
 
この小屋からは、八王子の街の夜景が良く展望出来ますので楽しい小屋です。
 
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追伸
 
新しく立てかえされた避難小屋に行って見たら、ヘルメットが無造作に転がっていたので、
 
持っていた釘を壁に打ち付けて、整理してきたのも私です。
 

つ ま み 食 い !?

また 昔話ですが、何時ものメンバーと尾瀬に行く計画を立てていました。
 
夕食のメニューで 「たまには贅沢しよう」 と、言う事になりました。
 
色々と提案は有りましたが、天麩羅蕎麦に決まりました。
 
装備は大変、天麩羅鍋・胡麻油・小麦粉・ニンジン・玉葱・櫻海老・菜箸・油切り・乾麺・蕎麦汁・笊等々
 
よって朝食と昼食は、粗食になりました。
 
尾瀬の有名なキャンプ場 (見晴らし十字路) に到着して。(35年前は 壱人 壱泊 70円 でした)
 
まずはテント張り、水汲み、台所作り等々。
 
夕方になったので、いよいよ天麩羅を揚げ始めたのです。
 
天麩羅作りに集中していたので、誰が食べたかは解りませんが。
 
つまみ食いをしている者がいたのです  気が付くと天麩羅が減っている!?。
 
それでも天麩羅の具材を全て揚げて、蕎麦を茹でて。
 
さあ 夕食だよっと、言う時に 「お腹いっぱ〜い」 だって。
 
つまみ食いの犯人が解りました、馬 鹿 ヤ ロ 〜 !!!
 
余談ですが 天麩羅を揚げていた時風下のテントの人達は、みんなテントから首を出していました。
 
         胡麻油の良い香りが、漂ったのでしょう。
 
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