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大粒の雨が降る午後、庭を眺めながら。
わたしは誰も居ない実家でただぼんやりとしていた。
かつて割って叱られた大きな窓ガラス。
屋外に眠る老犬に寄り添う気持ちでぺたりと座り、空と緑を見上げる。
しだれ野桜の枝にも、梅の木にも、実がなっている。
桐も柿もみかんの樹も、すこし鬱蒼と繁りすぎで、剪定をすべき時期だろう。
けれど、今、父は樹ではなく人を看ている。
例年よりも梅の実は小さいらしい。日照不足と世間では聞くが、この庭に限っては違う気がする。
今年は、そう、梅干を漬ける人が居ないことを、梅の木は察したのかもしれない。
雨足はますます激しくなる。空を見上げたはずが、庭の緑の美しさに見とれる。
雨は好きじゃない。湿度の高いこの季節も、ちっとも好きじゃない。
でも思う。緑は、いまこそが、一番美しい。
水分に、湿度に溢れる大気の中で、緑は、なんと美しくたおやかで、品があるのだろう。
こんなに優しい鮮やかさ、他にないと思う。
夏になれば葉は硬くなり色も濃くなるだろう。その緑も美しいけれど、剛健で強すぎる。
こんな大粒の雨の日に、不思議に思うことがある。
スズメたちは、虫たちは。普段この空間に居るものたちはどこへ身をひそめているのだろう?
雨音に惑わされて気付かないけれど、雨の日は、ある意味、静寂なのだ。
カタツムリの足音のように。
ふと、視界に飛び込む小さなはばたき。
鬱蒼と繁る庭の樹に舞う蝶を見つけた。
アゲハ蝶だ。こんな、雨の中を。
思わず立ち上がりかけて、あわてて座る。庭へ出たら老いた愛犬が目を醒ましてしまう。
ガラス越しに見る、雨中のアゲハ。
その羽根のリズムが、花畑で見るそれよりもひどく心もとない。寿命が近いのか。
羽根に雨粒が当たるのだろう。鱗粉(りんぷん)が流れてしまわないのかとハラハラ見つめて、
はやく葉の蔭か、この軒先に羽根を休めなさい、止まりなさい、と呟く。
だがアゲハは、この庭のどこにも止まらず円周を飛びつづける。
どうしてどこにも飛んでいかないのか、ひらり、ひぃらり、ふわふわ、雨足の激しいこの庭で、
アゲハの高度が、見る間に下がってくる。必死に飛んでいるのにゆっくり重力に引きずられて。
その羽根の動きと、だんだん落ちてくる様子を見つめるうち、なぜか眩暈を覚える。
なんだろう。なんだかとっても奇妙だ。なんだろう。わからない。美しいのとも悲しいのとも違う。
夢幻、のイメージに蝶が使われるのが突如わかった気がした。
蝶に、目で問う。
「あなたはここで、なぜ、いえ、なにを、しているの。」
蝶がすぐさま答えた気がした。
「待ち合わせを。ここで、しているの。」
もちろん自分の妄想に過ぎないけれども、それでも、血の気が引くほどにハッとした。
本当に、待ち合わせを、しているのではないかしら。誰と?
そのアゲハはもう、数えられるような羽使いで、
雨に煙る中を、ぱた、ぱた、飛んでいる。みかんの樹よりも低く。
低空のアゲハが、視界から消えた。さっきは越えられた潅木に今度は隠れたのだ。
体を固めて待っても、もう、さっきまで舞っていたとおりの円周に、戻ってこなかった。
あの高度の下がり具合。あの羽根のたよりなさ。地面に落ちて雨に打たれるアゲハの姿がよぎる。
意識して、一度大きくまばたきをして、庭を見た。雨の音が、びっくりするほど鮮明に聴こえた。
そのとき、だったと思う。あるいは少し時間が経っていただろうか?
高い空を、またアゲハが、1匹、ひらっと、舞った。
私の視野に電流が走ったように感じた。さっきのアゲハじゃなかった。飛び方が明らかに違う。
思わず窓を開け目で追ったけれど、数秒でこの庭を過ぎ消えていった。
「さっきのアゲハに、逢いに来たのではなかったの?
・・ねぇ、あの潅木の翳へ、行ってみて。
この庭を、落ちながら雨の中、待ってたの。・・待ってたの。」
気がつけば、
開いた窓の隙間に鼻先を割り込ませて
目を醒ました老犬が、わたしを上目遣いで見ていた。
ゆるゆると振る尻尾で、
「いまの夢幻を見てたでしょ」
と、しずかに、笑った。
網膜に残る、たよりない羽根の残像に囚われて。
無為としりつつ、やっぱり問わずにいられない。
雨中のアゲハ蝶さん、あなたは。
約束の相手に、逢えた、のですか。
どうも最近音楽関係記事が少ないですね、
なんだかごめんなさいね(^∀^;)
これはフィクションではありません。
・・逢えたのかなぁ。
らぷそでぃ
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胸がキューンとせつなくなる緊迫感がつたわってきました(ドキドキ)まさしくファンタジーですね。きっとらぷchanの想いが通じて雨上がりに逢えてるといいなぁ。
2006/6/18(日) 午前 7:11
実家のお庭、しだれ野桜、梅の木、桐、それに柿とみかんの樹・・いろんな木があって、どれもみどりの葉を精いっぱい輝かせ、実をつけて主の安息の日がふたたび訪れるのを待っているのですね。。その様子がらぷ子さんの叫びに痛く表れています。
2006/6/18(日) 午前 8:03
切なさがすごく伝わってきました。アゲハ蝶さん、逢えてるといぃなぁ。
2006/6/18(日) 午後 1:12
惹き込まれたよ。とても素敵だ。 今頃、木の葉の下で寄り添い逢っていると思うよ。
2006/6/18(日) 午後 1:30
なんだか、今までの当たり前の景色が、当たり前だと思って通り過ごしていた私に、じーん・・・ときました。 いて当たり前のもの、あって当たり前のものを大切にしようと思いました。
2006/6/18(日) 午後 7:26 [ shi*oh*to2*00 ]
老子の「胡蝶之夢」を思い出したよ。待ってた蝶も遅れてきた蝶も、誰かの夢の中の姿かも。
2006/6/19(月) 午後 1:44
どうしようもなくただただリセットしたい気分になるときがあります。新緑の軽やかな緑にも切ないまでの揚羽の求め合いにも私の救いはないのだけれど。それでもすべてが生きて時は過ぎている。らぷ子さん、お身体をお大事にね。
2006/6/20(火) 午後 7:39
今年は、らぷ様が梅の実をもいで、梅干しでも梅ジャムにでもしてあげてくださいな。一番手がかからないのは梅ジュースかな?、アルコールがOKなら梅酒もいいですね。
2006/6/21(水) 午前 0:31
会えたと思いますよ。素敵な時間ですね。
2006/6/21(水) 午前 11:45
アゲハの生きる夢幻のなかで アゲハの求める物は現世で目に見えるものよりも 見えないものにあったのかもしれませんね。わたしには爽やかな初夏の夜明けにアゲハが花畑を飛んでいるのがみえる気がします。その羽を精一杯広げ。
2006/6/21(水) 午後 0:43
コメントありがとう!!!お返事待っててね〜〜〜!!
2006/6/27(火) 午前 7:46
ぴろんちゃま。そう、ファンタジーっていう概念(?)日本にはないのかもしれない。シューマンなんか聴くとそう想う。日本は、、魑魅魍魎のほうへ行ってしまう気がする。。。アゲハの見せた雨の日の幻想、当分忘れることが出来ないと思います。あのアゲハたち、、、逢えたかしら。逢えてる、よね。うん。
2006/7/12(水) 午前 1:11
ピーターさん、今日も関西は雨です。雨の日には思考回路が違う道をたどります。その道のひとつには、幻を見れるルートもあるのかもしれません。また、わたしも、すこし疲れていて、実家で犬の眠る顔(かわいいよね)を見ながら、どこかいつもと違うところがあったのでしょう。あの日の情景?忘れないだろうと思います。ふしぎなふしぎな、あの蝶のはばたき・・・。
2006/7/17(月) 午後 2:31
りりちゃま、逢えているといいね。・・・眺めていた時間は案外短かったのかもしれない。あんなにも切なくはかなく感じたのにね。蝶の羽って、なんだか、眩暈がするね。不思議だわ・・・。
2006/7/22(土) 午前 1:59
Gangさんなら、どちらのアゲハに自分を投影しますか。・わたしはね、不思議なんだけど、、気付かずに通り過ぎるアゲハの法が、自分を投影してる、象徴してると、感じました。・・・いまは二匹とも土に還って、寄り添いあっているのでしょうね。ああ、それもロマンチックだ。
2006/7/24(月) 午後 3:11