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感覚的な話になるけれども
今日の練習で得たものを忘れたくなくて。
好い演奏をする人は、なにが優れているのか
という問いへの答えは、いくつもある。
が、ここでそれら答えの中から「タレント」「センス」を省いて、
それでもなお残る答えは結構多くて
そのひとつに、
鍵盤の底に指先が到達したことを瞬時に察知する感覚能力
が、ある、と思っている。
ピアノ弾きとして赦されるファジーの範疇でいうと
いま音が放たれたと気付けること、
望む音を生む「必要十分の力」が現時点であると無意識に気付けること
次の音のために、鍵盤が自力で上がってくるその力を借りられる
・・といったことかなぁ
(もっとも、曲によってはキーの底まで到達しない場合もあるけど)
もしも、この感覚能力(触覚の一部と思う)が、鈍かったなら、
早いパッセージを演奏するうえで致命的。またはモサダサ必至(爆
運動神経、と言い替えるのにはためらいがあるけれど、
単純にそうなのかもしれない。
「・・指先の、音楽に繋がるところが、キーの一番深い場所に触れました」、
と脳が認識したときには、音楽はもうその先へ進んでしまっているから。
そこでのタイムロスは痛い、
神経を行き来して流れる情報はワープはしてくれない。
忘れちゃいけない、指先と脳は、けっこう、遠い。
今日の練習で、
ちょっと新しい感覚があった。
わたしが思うよりも、ずっとずっと、
指先は、ある一点においてだけ、
超鋭敏で、超音速/超光速に耐えうるのかもしれない・・
もっと指先の感覚を信用していいのかもしれない。
脳が確認するまえに、すすめー自分。
予知めいたなにかが、指先と脳の距離を埋めてくれるみたいだ。
わたしが思うよりももっともっと、速いルートがあるみたいだ。
それをもっと信用できたらいいのに、
そうして、速い早いパッセージに飛び込んでみたい、
きっと破たんしない。(気がする。)
予知めいたなにか、指先と脳の間のなにか、
フィジカルとアート?のちょうど中間地点の給水ポイントみたいなオアシス、
あ、それが音楽そのものだったっけ。
なんとか、もっともっと、
曲と自分が、つながりたいのだー。
ヨシッ また弾いてくるぞ。
多忙にてコメント欄を閉じております。
みなさまのブログにも伺えず、ごめんなさい。
時間のあるときに近況を書きに来ます。
春は名のみの 風の寒さや〜
それでも歌っているうちに
春って、やってくるのでしょうね〜♪
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