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『朝顔の灯篭』(あさがおのとうろう)
あたしの灯篭は今、岸を離れ浅野川の流れにのるところです。
加賀百万石の初夏。
灯篭流しの日に両親はみどりの朝顔の柄を着せてくれました。
夕闇にぼうと光りながら流れる加賀友禅の灯篭は、それはそれは幻想的な美しさなのですから、
気をひきしめてちゃんと前をむいてすすんでいかねばなりません。
何十、何百もの灯篭に混じって、川面をつたってこの世の境目を浮いて手を振るのです。
そして、さあ、どうやらこの灯篭は浅野川の流れに乗りました。
あたしは、去年の夏を越せなかった女の子の魂です。
心配をかけたけれども、人を恨むことなく灯篭の灯になれましたし、
この、みどりの朝顔柄の灯篭って、すこし自慢できるほどに清らかなんです。
岸辺には両親がすこし辛そうな顔でちゃんと立っていますし、年かわれば妹が生まれることくらいは神様が教えてくださいましたから、この幻想的な灯篭流しの舞台は悲しくはないのです。
岸辺の人たちはやがて家路へ。あたしたちはこの川の下流へ。ちゃんと前を向いて進まねばなりません。
みどりの朝顔は初めて作った浴衣の柄なのです。一度も袖を通せなかったけれども。
そりゃ灯篭の柄になって袖を通すよりは浴衣のまま、着崩れるまでお祭りではしゃぎたかったなと思います。
綿菓子って浴衣で食べると美味しいんですってね。それとあたし海を見た事がありません。
今夜はこの川は海には注ぎませんから、いつ見れるでしょうか。
灯篭流しはあたしたちの大名行列。こんなことを考えるのは規則違反なのです。気を引き締めなければ。
でも。
あら・・・・・?だれだろう?
あたしの流れるのと同じ速さでひたひた追いかけてくる足音・・・のような。
それも並んでふたつ、聞こえます。振り向いていいのか、わからないうちにあたし流れてしまいます、
ああ、だれだろう、どこかの浅瀬に引っかかってしまいましょうか。
そんなことを思っていたら足音じゃなくて声が追いついてきてくれました。
ねえ、見て。あたし、あのみどりの朝顔柄の灯篭を見てるの。わかる?見える?きれいだね。
うん、わかるよ。きれいだね。浴衣の柄にしたらきれいだね。あの灯篭、光って流れてるね。
若い夫婦が指さして笑う先に みどりの朝顔の灯篭。
あたし。あたしなのです。
びっくりしたその瞬間、あたし気付きました、女の人のおなかに、赤ちゃんが笑っています。
3人であたしの灯篭を見ているのです。若いお父さんとお母さんと、それから
この夏を越した先に生まれる女の子の赤ちゃんです。
あたしはもう一度背筋を伸ばし下流を向きました。凛としたみどりの朝顔の灯篭はもう浅瀬もない川の中央。
最後の灯篭もきっと、水に放たれて、あたしに続いて下流へ幻想的に消えるでしょう。
さあ、ちゃんと前を向いてすすみましょう、
さようならのかわりに、うつくしくぼうっと紛れるように川下へ。
完
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