□■ピアニスト ラプソディー■□

たくさんのやさしさ、おなじくらいたくさんのしなやかさ、そのまえにたしかなつよさ。

私。音の葉も言の葉も

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雪の歌声♪

ニュースでは11センチとありましたけど、

山を臨む我が住まい辺り、もっと降ったようです。こんなに積もるなんて!


その明くる今日は、眩しく陽がさして。

一気・一斉に雪解けです。




窓を開ければ。

耳を澄ませば。

ふふふふふふ。

(*⌒∀⌒*)

あちこちから、ちいさな水音がひっきりなしに聴こえるのです。

ふふふふふふ。


雪の解ける音、ですよね。



すっごく可愛い、はにかむかのような音色、

その在り処を探すのも難しそうなくらい、こしょこしょと内緒話のように!






雪かき(爆)から戻っただんなさまに、

ほらほらほら聴こえるのよ〜って言うと、

「そうそう!僕もさっき思ってた。聴こえる聴こえる!」



ふたりして、

ふふふふふふ。


(*⌒∀⌒*)


なんかこしょばい。(クスグッタイ)なんかしあわせ。





・・・。

水の音なら毎日いやってほど耳にするのに、

なぜでしょう、

今日の、この音は。

ぴとぴとぴとぴと。コポコポコポ。ふふふふふふ。ポタポタポタポタ。くふくふくふくふ、

あれれ、笑い出したくなるのです。



雪の歌声は瑞々しくて、かなりイケてます〜〜〜♪♪♪

ぁぅ〜( ̄∀ ̄*)

精神が、春のシャワーを浴びてるようです〜


凍てつきし塊は、

陽光に出逢いて、

歌と共に去りゆく。






  なんかそのシーン、いいワン!!▼*^◇^*▼←アホ?


















さて、その後。。


ダンナ:  「温泉街っていつもこんなふうかなぁ?」


ラプコ:  「ぁぁーなるほどー、絶えず湧いてるものね、、、そうかもぉー

       ・・・。。 いや、違うんじゃない?!



    かたまりが、とろけて、上から下へ流れていく音色と、

    あたたかいものが、下から上へと湧き出てくる音色は、


     いっしょじゃない・・かも、、。。。




ダンナ:  「・・・。σ(^◇^;)ソウカァ? 」







しばし、それらの水音は同じか否かを考え込んでしまいました。









違うにちがいない!という気が、するんですけどね。

温泉街の雪解けって、じゃぁどうなるんでしょうね。

温泉の湧き出る音のほうが、雄弁で、雪の歌声は消えちゃうかな?











知りたいなぁ。

もし、そこのお方。

らぷ子を、雪解け中の温泉街に連れて行っておくれでないかい。

                   (宴会つきなら、なおよろし。。)






冗談はさておき、

確かめてみたいですね〜〜。










この記事を綴る間に、そろそろ黄昏虫が飛んできて、

・・・雪の歌声が聴こえ難くなって来ました。ぁーぁ。


でも、出番待ちしてる雪は、日陰や北側、まだ、あちこちにあるので、

明日も楽しめそうです。



ふふふふふふ☆


 (*⌒◇⌒*)





















                                           らぷそでぃ

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大晦日に まだ片足を残したような、曖昧な気分だったんです。

   (新年の挨拶記事に相応しくないプロローグですが、偽らざる心境。。)



テレビの中では・・着替えの早変わり仕掛けを競うように、

デジタルライクに、あけましておめでとうが始まってましたけれど、、

わたしの新年は、もすこし、じわじわと、やってくるんです。

「新年感」・・一度、眠らないとね、(^m^*)生まれないのかな♪

おひさま見ないとだめかな?

それとも、単に、体内時計に秒針が欠如しているのかしら(爆)





12月31日の26時と、1月1日の午前2時の両方に在籍してた、わたし。

お部屋は、ぬくぬくなんですが、、・・窓の外、寒そうな音がしてたんです。

だから、覗いてみたくて。(そんなとき、ありません?)


さすがに、大きな窓を開ける時間でもないので、

小さな小窓を久々に開けたら、キーンと冷えた夜気。

部屋の暖気が、煙のように逃げていくのが、見える気さえします。

そのむこうの闇には、ちいさな、梅の木のシルエット。


ふと。その花を想いました。

枝々には、もうつぼみが沢山付いていて、そりゃまだすごく小さいけれど、

この冷気にくるまれて。いや、この冷気の中、薄目を開けて。春を待っている。



そんなふうに。感じられたということに、ビビビ。。。

それってやはり、新年が。来てたからなんですね。




和歌を詠むのなら、もう、春の歌になるんですよね。

みなさ〜〜ん!!! (ノ⌒〇⌒)〜♪

春ですよ〜〜〜!!

寒くってもまだ1月‘でも。もう、春なんですっ!!!!




新年のおかげで、

夜更けに、梅のつぼみちゃんと、お話しできました。


 そのつぼみ・・目にはさやかに見えねども☆


小窓を閉めた頃には、私も、無事、大晦日を卒業して、

両足で新年にドボンしたのでした。





梅のつぼみの見え方が、こんなにも変わるということを、

不思議に、想いました。





あけまして、おめでとうございます。

時間が取れなくて、皆様の所へご挨拶、かなわないのが心苦しいのですが、

ブログのお友達には、深く深く、感謝しています。


どうぞ、本年も、 <(_ _)>よろしくお願い申し上げます。




2008年が、笑顔の1年でありますように。





                                          らぷそでぃ

冬に想ふ

めっきり寒くなった日、逝く秋を惜しむわたしに、うちのクマさんが言った。



 風邪っぴきで寝込んでいる間に秋は終わったんじゃないかぃ、だってさ、

 キミが元気だったのは一回目の栗ご飯と数回目のサンマのころまでだったよ、




とな。




・・・・。


・・。(;-_-)=э

たしかにそうである。

そうであるんだけれども、

その引用はいかがなものかと思う。


麗しき風物詩、俳句の季語にも昇進出来得るはずの、栗もサンマも、

我が家のくまさんにかかれば、かくのごとし、

いかんせん、ミヤビとは程遠い。嗚呼。









さてしかし、この寒さ。

もう冬だ。というか、冬、だったんだ。


夏はいつも、背中を見せて去っていくように思えるが、

秋は、冬に踏み潰されて終わる気もする。秋の背中は、ない。


そんなイメージで夢想すれば、

この冬も、来年には蒸散というか陽炎のように消えてゆくはず。

春は、他の季節とは一線を画して、罪なくらい天真爛漫に始まる。



季節のうつろうさまはわたしに色んなことを思わせて、

とても好きなのだけれども。




いざ、暮らしの作業は、とても現実的だ。

現実に暮らせば、そりゃ木枯らしは冷たいに決まってる。






掃いても掃いても、山のように積もる、玄関先の、やまぶうしの木の落ち葉。

   (心の声:夏前には、最高に美しい緑に歓声を上げ、この木、大きくなったねとはしゃいだのに)






本当は。

枯葉は・・・積もるに任せておきたいわたしなのである。

なぜかっていうと、



それは、我が庭に棲む妖精のコタツだから。



枯葉が積もって山になったのを見て、顔をしかめるよりも、

そのコタツに、ミカン持ってお邪魔して、心、ふかふかしていたい。ぃゃ、見ているだけで暖かそうだ。




でもご近所を、くるる、と見渡せば。

いずこの家も、なんと美しく掃き清められていることか。

なにやら積もっているのは我が家の前だけである。


だから、わたしも、・・現実に暮らす人。

妖精のコタツの夢想は、たかがチリトリと箒の前に、あえなく消えて行く。

妖精も、コロボックルも、我が家の庭からお引越ししちゃうかもしれない。






テラスの屋根の軒先(軒の内側)に、

毎晩眠りに来るすずめちゃんのことだって。。。。


フン害に憤慨して追い払っては見るものの、

鳥は済ました顔でまたそこへ眠りに来る。

そういえば先日は、

一匹を追い払った後、洗濯物を取り入れようとそこに近づき、

じつはもう一匹潜んでいたことに気付かず、至近距離での羽音に、わたしも驚いて飛び上がった。

ヤツめ、いつのまに、恋人を引きずりこんでいたんだ(爆)


あのすずめちゃんカップルは、

3軒むこうあたりで落ち合って、、

「アナタはワタシを見捨てて逃げたのねっ」とかなんとか喧嘩をしたかもしれない。

だから、最近は、

2匹居てるといいけど、と思いながら追い払うという、

ややこしい心情になっている。








わたしだって、

すずめという下宿人の、大家で居たいのだ。

気前よく、お部屋を、ホラ快適でしょう?と貸したいのだ。

江戸時代の長屋みたいに、差配人になって、すずめを店子にしたいのだ。

フン害にさえ目を瞑ればその願いは叶うのに。。。



妖精のコタツだって、おなじ。

幼い頃はそのコタツで焚き火をする近所のおじちゃんにすり寄って、、

アルミホイルに包んだサツマイモがヤキイモになるのをワクワクしながら待ったのだ。









ああ、

アノ日ハ遠クにナリニケリ。

妖精のコタツにイモを放り込み、すずめの大家になる夢は叶うまじ。








そんなしょうもないことを考えながら、見上げれば、

ますます空は灰色。


木枯らし吹きすさぶ、冬である。




























                                           らぷそでぃ

言葉に綴ると

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言葉に綴ると

事実よりも

きれいに きこえる


嘘っぽく

なるとき も ある


あの居心地悪さは なんだろう







人は 綴るとき

なにかをかすかに願ってる

残したい 伝えたい 考えたい 

強くなりたい

忘れたくない・・・






「無」の境地では

言の葉は 蠢かないのだ

たとえ 負の感情であっても


言の葉を揺らす こころ というものが じつはそこに在る










言葉に綴って

事実よりも きれいになってしまっても



嘘めいてなんか いない


こう在りたい、という

ひとつの生き物の 遠慮がちな ねがいが

宿り 灯され ほんのりと光を放つ







そうやって照らされて


言霊に 出逢い 




すくなくとも わたしの場合は

背すじをこっそり 正すのだ



世間の ひとさしゆびが

わたしの曲がった背すじを みつける そのまえ に。






















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とある新聞というか会報というか、係りをしていて、
また、母校関係の新聞や同窓会に原稿を、ココのところ複数書いたりして、

夜更けに、オフィシャルな場に出てゆくべき言の葉を、
あーでもないこーでもないといじくることが多いのですが、

そんなとき、思うことがあるんです。
言葉にしたらキレイになるなぁって。

なんだか、わたしまで、事実よりも立派な人間みたいだ(;´д`)=э

居心地わるい。。。



言の葉を練り上げていくうちに。。。。

なにかが・・ジェラート屋さんがコーンに盛り付ける屋根の形のジェラートのようになっていく。

枠にはめた美しさ、食べやすさ(爆)

そして・・不自然さ。。。たぶん隠されたカオス。

そんな気持ちになるんです。





原稿の形になったら、真情(心情)吐露との間になぜか広がる距離。


でもね・・・

それを、嘘っぽいと思う、自分の中の自分が肥大してくると危険信号。

ネガティブな自分が。のさばりだす前兆だからです。



言葉に綴って、事実よりもキレイになるのは、

性善説、で。たぶん「いきもの肯定派」である証です。

たぶんです(汗)・・・。


言葉に綴って

それに導かれて行くわたしが、

自分の中に、住んでます。
.


    わたしの日付け変更線

    ちかごろ意識とずれたまま。

    今日 という曖昧な物体は

    どこにはじまり どこに消えるの

    
    12進法の文字盤じゃ探せない


    約束どおりに昇る太陽
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    前もって姿がわかる月

    なにも知らない原始のころと

    畏れや煌めきは 同じなの?

    もう

    こころでしか探せないかな

    時が 流れる 音

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