□■ピアニスト ラプソディー■□

たくさんのやさしさ、おなじくらいたくさんのしなやかさ、そのまえにたしかなつよさ。

Wish upon Music

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 前のページ ]

アンジェラさんのブログで、よく通った大切なCDショップが

いきなり閉店して驚き、また悲しい・・・という記事を拝読し、

わたしの近隣でも先日、書店兼CDショップが突如閉店して驚いたっけ、と、

感じるところがあったので、書こうと思います。






わたし、音楽で仕事が出来るようになるまで本屋で働いた経験があって、(バイト、いやパート)

週4〜5回、アサイチの荷解きから、6時間の勤務で約2年。

本好きが昂じて文庫専門の担当になり、在庫管理はおろか新刊の仕入れまでやりました。

その重責がなかったならば、もっと長く勤められたかも・・。



だから、本屋さんやCDショップに行くと、そこが、元気があるかないか。

新陳代謝(商品展開)がどれだけこまめにハードに行なわれているか、

わかる、ときも、あるのです。

陳列の様子や、意味のある在庫、意味のない在庫(本屋というのは常に陳列スペースの戦いで。)

売れ残ったら本屋が買い取らなくてはならない種類の商品の、種類や入荷量だったり。

その書店が属する流通ルートにもよるのですけどね・・。




本って腐らないけど、そういうの・・・わかりやすいんですよ。










かたや、先日も、我が住む田舎町の(?)大手CDショップ「H○V」で、びっくりしました。

数年前に出されたクラシックCD、まだ「新譜」って売ってるんです!ホコリ積もってますし。。。


改めて店内を・・別の目で眺めてみると、きゃー(><)

お店全体に、品物が。。以前よりもずっと少ないのです。

一見うずたかく積まれてるCD,数枚めくって見れば、カラのケースによる上げ底。

JポップスBest10!コーナーでさえも、同様。売れてないんですね・・。

よく考えれば私自身、そこで買った記憶がほとんど無いし、

このショップの袋を手にする人の姿も見かけません。うーん。。。









便利だから、わたし、CDは、ほぼ100%、ネット購入です。

アマゾンの段ボール溜まるぅ〜と愚痴をこぼしつつ、またアマゾンに注文(爆)

どうせならポイントを・・と思うがゆえに、出先で見つけたCDも、買わずに帰宅し、

送料無料になるまで欲しいものを揃えて、夜更けにネット注文してたりします。





だけど便利だけ求めてるわけじゃない。




CDについて語ってる一言一句を、興味深く読んで、それなら、と購入したりします。


買うとき、誰しも。予算だけではなく、

これ、いいのかな〜〜〜って、チョコット博打のような気持ち、あるでしょう?

こんな特徴があるよ、と、指南役も、欲しいんですもの。。



余談、そういえば最近は、その指南役たる専門知識を持つ方からのメッセージ、と、

一般の感想(くちコミ)が、・・混在してるような気が・・・くちコミも役立つけど・・違うモノだよね







ねぇ・・・??

世の中って難しいですね。

というか、私自身も、矛盾してますしね。



便利を求めればーーー淘汰されてしまうものがある。


便利の代わりにーーー我々、消費者は、なにかを失う?



小売の身近な販売店と、便利なネット経由を、共存させたいと願うことは、

商売というフィールドでは成り立ちにくい、つまらない感情論なのでしょうか。






本や、CDの、実物を見て、てのひらに重みを乗せて、

いやーん欲しいとか、中身チラリと見たいなとか、

これお幾ら?と裏返したりとか、泣く泣く棚に戻したりとか。

数歩歩けば、えっこんなの発売されたの?って、さらにまた別の本やCDが

自分のアンテナにひっかかってくる・・・という、あの時間は、とても大切。とても豊か。たぶん贅沢。

検索窓に関連ワードを打ち込んで表示される100の商品を眺めるよりもずっと・・


「わたし」にいろんなものがヒットしてくる、

散策が濃縮されたような時間であると思うのです。



そりゃ、自然の中を散策するのとは違うけれども。

こころ動かすために必要なのは整ったデスクやPCじゃなくて・・・。








さて、書店やCDショップの実情は大変だと思います。

ネット販売に顧客は流れるし・・・書店では、万引き被害との戦いも(TT)


それに、参考までに書店(小売店)エピソードをひとつ。

雑誌のバックナンバーなどを急ぎで取り寄せたいお客様がいらしたとします。

地方の小売書店から東京の出版社に直接、取引の電話をかけて取り寄せ販売した場合、

小売書店が手にする利益よりも、東京への電話代のほうが高かったりします。(つまり赤字)

ましてや、注文しておきながら、買取りに来ないお客様の場合には・・(←よくあるケースです)




そりゃ困る、と、版元へのダイレクト電話注文をやめて流通ルートに取り寄せ依頼した場合には、

弱小書店になればなるほど、その商品はなかなか届きません。数ヶ月待ちなんてことも。

それって、もう、ニーズに対応してないし、昨今じゃ商店としての機能を半分果たせてないわけです。







それら事柄を脳内によぎらせ、小売の販売店を応援したいなと考えていても、それでも。

・・「便利」なほうに流れやすい私(爆)


アマゾンで、楽譜を買ったら、所要時間、5分。

車を出して、楽譜屋さんに買いに行ったら、、・・・。ぇぇと5分で着くんだけど

あれこれ見始めて居座って・・・きっと所要時間・・50分(爆)



うむ〜〜〜。。。うむむ〜〜〜〜。。。

共存してほしいぞよ〜〜〜〜〜小売とネットショップ、

(;´▽`)ティーピーオーに応じて使い分けるわん ←勝手





だけどね・・消費する側が、意識しておかないと、

気付いたときには、自分の生活エリアから、

知的財産を購入し得る小売店がなくなっているかもしれません。








最後に。声を大にして伝えてみたい、

リアル店ならではの楽しみ、ふたつ♪書店の文庫本の場合♪


★★ その1 ★★

新潮文庫の、本を一冊手に取って。上の面を見てください。ざらざらです。ふふふ。栞紐があるのでね。

他の出版社は、そこ、つるつるなんですよ。研磨されてるんです。



また、各出版社の、文庫や書籍の、字体に注目してみて下さい。

たとえば新潮文庫の、字体と。講談社文庫の、字体。・・違うんですよ〜。余白も、紙の質も。






★★ その2 ★★


小池真理子 著 : 「恋」  文庫版、探してみましょう♪(この小説、大推薦です〜〜!!)


わたしは出版されてすぐ、ハードカバー(文芸書)で読みましたが、既に文庫化されてます。

だったら文庫で求めましょう♪新潮文庫、と、ハヤカワ文庫の、ふたつから、出ています。


そこで!!!!26円の差額、字体やページ割りもさりながら、もっと顕著な違いが!


比べてください、その表紙!!!









どっちでもええやん、と、買うもよし、されど、、、

自分の目やフィーリングに、しっくりくるほうをチョイスするのも、楽しみのひとつ、

さらにいえば、お気に入りを生み出す作業のひとつでしょうか。それってリアル店ならでは♪

そして、わたしが「選ぶ」ことに拘る理由・・

ハヤカワ文庫のほうの表紙は、文芸書のものと同一ですが新潮文庫のほうは全く異なるイラストです、
                                 (意味はあるイラストだけど)

内容を鑑みて、ギリシャのビーナスの背面の、、この表紙は、非常に示唆に富んでると、私は思います。









品物ふたつ、どっちにしようか、ネットのショップでも画像を見て比べられるけれど、

実際に手に取って比べるのと、自分が得る情報の量は著しく違います!


無形なるそれら吟味して選択してからお会計に向かう、

それこそが、本来の、買うという行為の醍醐味なのでありましょう。



ネットショップも、あってほしい、けど、

お店で商品をてのひらに載せて、ひとりたゆたう、贅沢な時間が、

生活のそばから、無くならないで欲しいとも、・・・思うのです。










































(長い記事お読みくださってありがとうございました)





                                          らぷそでぃ

開く トラックバック(1)

震災から12年。と、プラス6日。・・まだ6日。

でも、テレビの特別番組も終わったし、ブログでも新着記事にはもう並ばない。

確か昨年も考えがまとまらなくて (きっと、書こうと狙うほど、想いと言葉がずれていくからだ)

記事にはしないでいたけれど、、でも、不完全でもいいから綴ってみようと、思い直した。




12年前。

被害の大きかったエリアに住む友人と、春になったころにようやく逢えて食事をともにした。

尋ねれば、家屋も、ピアノも、不思議と無事であったが、(ピアノはダメージを受けやすい)

すまい周辺はライフラインが止まり、中には一部倒壊した家屋もあったらしい。

避難所も設けられたと言う。





長い間、ピアノの音を、出せなかった、と、友人は言った。

ガス臭が漂って、ご近所で怪我人が出て、隣町で葬式が続いて、この水が飲めるか否か確かめる中、

音楽どころか、ピアノの音を出すこと自体が、当然、不可能だったと言った。



ただピアノをぼんやりと見つめてると、

しーん、という音が鳴るよ、と、語ったのが印象的だった。



もう記憶が曖昧なのだが、友人は確か

「非常用の毛布などが回収されたときに、あぁ弾けるかなと思った」

そんなことを言ったと思う。


衣食住に足るを知って久しいが、一旦、それが崩壊したとき、音楽は?芸術は?

そんなことを、しばし語り合った。もちろん、わたしたちに、答えなど出せない。



  「たしかに、練習なんか非常識だろうけど、音楽どころじゃない、って辛いね。

  ご近所の方々に、そっと、届くような優しい曲を、しずかに弾くとか、トロイメライとか・・。

  毎日あなたのピアノの音が聴こえてた街角なんだから、もしかしたら、喜ばれるかもしれない」

そう言ってみたし、、友人も、

  「たしかに音楽が無為だと感じて楽器を眺める時間は辛かった、

   もういちどおなじことが起これば、弾こうかと考えるかもしれない」 

と言ったけれど、

でもやっぱり、

今考えると、自分がもしも同じ状況に置かれたら、きっと、無理だろうなと思った。

少なくとも、街にピアノの音を復活させる第一号には自分はなれないんじゃないかと思った。

音楽は、聴く人によって変貌を遂げやすい。

同じピアノを聴いて、涙する人もいれば、・・傷口をえぐられる人も居るかもしれない。

音楽を聴いて、心の、包帯をほどく人も居て、でも、包帯を巻く人も、居る。傷ついて直後は特に。

そんなことを考えると、弾けないだろうなと思った。



後日、(いま逆算するとおそらく、震災5年後くらい)に、

その友人と一緒に、三宮行きの快速列車に乗る機会があって、

窓から見える風景に、わたしが、「このあたりは被害が少なかったのね」と口にしたとき、

「違うよ!!電車のこの高架、コンクリートの色があちこちマダラでしょ!

 あれは全部、震災のとき破損して、補修した箇所なんだから!」

と、たしなめられて、びっくりした。Σ( ̄□ ̄;)「(えっ??これ、全部、そうなの??)と。」





すごい勢いで補修が為されて、

惨状は情報だけで受け取っていて、痛みを肌で感じたわけではない私は、

勘違いをおこしていたのだろう。

実際に被災した方々と、わたしたちの、痛み、傷み、・・悼む、感覚は、

そんなふうになめらかに、ずれていくのかもしれない。
















また、これも思い出談になるが、

震災から数日後。

まだ大混乱の最中、京都に向かう阪急電車に乗るべく、

緊張しながら梅田駅にでた私は、駅のキオスクを見て驚いた。

食べられるもの、飲物、すべて、売り切れだった。スルメの類に至るまで。

新聞も書籍もタバコもなにもかもが売り切れ、つまりキオスクには何も無かった。

売り子の方が、他のお客に説明している言葉が耳に飛び込んだ。

「神戸へ向かう人が、・・買っていったんです」

よく見れば、キオスクに限らず、あたり一面、売場が、からだった。

とにかく持っていけるものは持って行ってあげたい!という気持ちが、この現象を生んだのだろう。




そして、乗った電車。京都行きの急行には。

神戸から避難してきた方々が、たくさん、乗っていた。

きっと、京都、もしくは京都経由で、親戚や知人の家に身を寄せるのだろう、

すすけた顔で、座席に倒れこむように、全員、それこそ死んだように眠っていた。



あのときの列車内もまた、静寂だった。

停車してドアが開き人が動くたび、一瞬ざわめいて、

でもすぐに、静寂に戻った。

重い空気、しかし奇妙な一体感が漂う列車で、

見た(聴いた?感じた?)静寂と、

眠りこむ方々の残像が、いまだ脳裏から離れない。





戦場のピアニスト、という映画を、

その後、だいぶ経ってから、見たとき、

廃墟の中で奏でられるピアノを、わたしは、美しいとか稀有だとかいう前評判とはちがって、

魂の絶叫、凄惨な演奏、のように、針のむしろで聴いた。(うまく書けない。)


なんというか、、、

ひずみ歪みきった環境で、もはや芸術は美しいもののみを描く筆ではない。

芸術というものを解する唯一の生き物は、人間なのに。





映画の授賞式で、主役のシュピルマンを演じたエイドリアン・ブロディが、

受賞挨拶のとき、『BGMを止めて!?』と叫んだと聞いて、



・・震災直後に、友人が奏でた静寂や、

・・あの、京都行きの急行で肌に感じた静寂を、

きのうのことのように、生々しく、思い出した。











友人とは、お互い結婚して今はもう遠くなって、

だけど、あのときに語り合ったことは、ずっと、忘れないと思う。

あの瞬間からしばらくは、奏でることができたのは、静寂、という音楽であったこと。










先に書いた、その5年後あたりに、友人と乗る電車から見た、

補修したとはっきりわかる色合いのコンクリートも、

12年も経てば、もう色褪せて、

きっと今では、走る電車からは、見分けがつかないだろう。



人の記憶と言うのは、

そんなものなのかもしれない。




なのに、


友人がただ見つめて、、

しーんという音を奏でる被災直後のピアノ、のイメージ、

自分が列車で体験した、奇妙にしずかな空間、(からっぽのキオスクさえも象徴的で、、、)

あの静寂は、

忘れられない。





自分が記事の幹にしたい事柄を、つかめないまま、記事にしたけれど、

たぶん、伝えたいと思ったのは、

あの、静寂の存在、だと、思う。

・・どうにも動けない哀しみと重さ、痛み。


瞑想とも、無音とも、違う、

あまりに大きな喪失のもとで、継続する空白の瞬間。

震災から15年経っても20年経っても、思い出す自分でありたいと願う。



亡くなった方々の冥福と、

いまも重きを背負う方々に幸あれと、祈らずには居られない。















                                           らぷそでぃ


変更やお休みしていたピアノのお稽古も、今日ですっかり元通りのスケジュールに戻った。

演奏会の感想を生徒や父兄から聞き、感じたことを書きたいと思う。音楽の啓蒙についてである。

わたしは公の場では基本的にクラシックしか弾かないが、音楽というものは全て好きである。

実際、幼少の生徒さんには、ピアノを習得して、いずれ長じた時にはクラシックだけに限定せず、

もっと大きく音楽の愉しみを謳歌してもらえたら。そしたらわたしも幸せ。

暴論だがピアノを投げ出してもリズムだけ残ればいい、

心の琴線に触れた曲を口ずさめる能力があればいい、歌に感じる心だけ残ればいいと思っている。

音楽をひろめる一環として、音楽教育があり、わたしもピアノ教師をしているわけだが、

ここでポイントとなるのは、わたしが願うのは、

「自然と耳に入ってくる、聞かされる音楽」ではなくて

『自分からキャッチしに行く、聴く音楽』その存在と大切さこそをひろめたい、ということなのである。

聞かされる音楽ならもうメディアに、街に、溢れているからである。耳が麻痺するほど。



「先生!わたし!音楽会というものに、よく考えたら、生まれてはじめて、行きました、

  いいものですね!子どもに先生の姿を見せなきゃと思って行って、自分が、ひたりました〜!」

これは生徒のお母様の感想である。

ピアノを、身につけることを、まじめに考え、休まずお稽古に通ってくださるお母様でも、

行ったことがなかったと。・・私たち音楽家はそんなにも敷居を高くしていたのか。

音楽会というものにはじめて行ったという方は複数いらっしゃった。

音楽会。いまうまれる、磨かれ練られた音楽に、みなで耳をかたむけること。共有、する、こと?

 (もちろん、自宅でCDを再生し、何度もその美しい世界に繰り返し触れることも素敵よ。)

もっと言えば、多分・・忙しい世の中で、そういう行為に、意義を自然に見つけ出すこと。

もちろん、クラシックだけに限らない。ジャズも。ポップスもいいだろう・・・でも一抹の不安。

有名歌手たちのバックで弦楽を弾く友人がいるが彼女は・・

露出の高い衣装より安いギャラより、「お客様をあおる」ことが辛いと言っている。

歌手の調子が悪く声が出ない日には、バックバンドや弦楽やコーラスに、煽れと指示が出るそうである。

・・そういうコンサートを批判したくて書くのではない。ただ、音楽を、聴きに行くのであるなら。

あおられたりせず、隣のノリにシンクロされずに。聴こうと。意識したほうがいいかもしれない。

・・それとも・・それをも含めての、パフォーマンスが、音楽なのだろうか。

照明きらめきダンサーが舞いスモークがたかれバックが煽る、そういう付加価値を与えてこそ、

今のメディアの音楽をライブで聴かせる事ははじめて成り立つのだろうか。

音楽は、見るものになっていきつつあるのだろうか・・ここは、私にはわからない。

      (誤解しないで、私はポップスも好きなのよ。BOAのツアーDVDも買っちゃったし)

彼らのライブで生まれるエネルギーを、私は素直に、素晴らしいと感じている。




音楽会。演奏会。PAを使わない、音楽会。

今回の演奏会は入場無料だったので沢山の方、200名(会館によると)が聴きに来て下さった。

マナーがとてもよかったらしく、お褒めの言葉をいただき、私まで、とてもとても嬉しかった。

入場無料というのは、怖い一面がある、と、館長がおっしゃる。

一曲目を聞き逃しても惜しくない。面白くなければ途中で抜けても構わない。

そういう雰囲気がどこかにある、それはどうしようもないが、悲しいことであると。

良い音楽会を生むアイテムのひとつに、客席の、質(乱暴な言葉遣いだが)は確かにあり、

目をそむけずに、そして嘆かずに、わたしのまわりから、少しずつでも啓蒙していきたいと思う。

日々の暮らしに音楽があれば素敵で、そして音楽会に行こうと、もっと呼びかけてもいいと思う。

せめて。子どもにピアノを習わせるお父様とお母様が、音楽会という存在を体験していて欲しいと願う。

もし、私のようなたいした実力も無いものが啓蒙と書いて傲慢であれば・・

知識も大事だけど、ただ音楽に触れて自分が「感じ」何かが「うごめく」のを経験して欲しいと思う。


音楽の成績で5を取れればそれでよい、それは、要求される努力に対しあまりにも貧相な目標だ。

もうすこし、能動的に音楽を受けようよと・・・たとえばピアノを習えば。

音楽を、とても豊かに受け入れて楽しめる下地が出来る、そう捉えてもらいたいのよと。

訴える活動をいつかしていきたい。



だけど・・・もし。もし今回の演奏会が有料であれば、生徒たちは来ただろうか。

お母様と子どもたち併せての入場料となると、馬鹿にならないのである。

だからといって無料音楽会がいいとはもちろん言えない。

だからといってお茶とケーキつき音楽会がいいかもわからない。

そして・・・そういう活動に、わたしがもっと身を投ずるには、自分に自信も無い。

能力もだけれど体力も・・。



自分はこの先どんな風に弾き続けていくのだろう。

努力を続け演奏テクニックと人格を磨けば良い、そんなわけではないことくらいは、そろそろわかる。

そういうことを考えずにおれない秋であり、今後の課題の輪郭が見えつつある秋でもある。


      


                                         らぷそでぃ

開く トラックバック(1)

.
.
クラシック音楽の『抽象性』それは『可能性』であると考えています。(固い出だしでスミマセン)

でも『抽象性』が個人に何かをもたらすのに必要なアイテムがあって、

それがないと全く輝かない場合も。−−−−−−アイテムのひとつは『想像力』、かな?


抽象的であるがゆえに少々わかりづらくなるクラシック。そのことを書こうと思います。



私の弾くピアノ音楽には言葉はありません。どのように届くのか不安ですがーーー裏返せば、、、。

受け手の側、個々に応じて、私が発したものが変貌を遂げやすいと言うことです☆

同じ曲を聴いて涙する人も微笑む人も、包帯を巻く人も逆に包帯をはずす人も、いるということです☆



クラシックが良いのだーなんて言いたいのではなく(私は色んな音楽が好きです^^)、ただ。

何かを伝える手段(音楽)が具体的過ぎると そのせいで あぶれる人も出るのかなあと想うのです。

受け手がいま自分は何を受け取ったんだろうと(無意識に)迷うような抽象性が素敵だといいたいのです。


例えば ちょっと意図が掴みにくいフランス映画を見て「なんだこれは」と腕を組み考える行為は

アメリカ映画でわかりやすく火薬たっぷりの爆発シーンを100回みるより 時に有意義かもしれないように。



もちろん 具体的なものも素晴らしいです。加えて、受け手個人の気分や嗜好もありますものね。



クラシック音楽の聴き方を尋ねられ答えを考えると 私のほうが教えていただきたいくらいなのですが、

漠然と『抽象的』の素敵さを。まず伝えたいなと思います。クラシック音楽の素養のあるなしに関わらず。



抽象性は可能性。わかりやすい例をひとつ。

平原綾香『ジュピター』(ワタシ大好き♪)大ヒットし、歌詞も広くいきわたりましたが それゆえに

オリジナルの ホルスト・『惑星』の中の「ジュピター」が聴き手にもたらす自由な想像の世界は・・

もしかしたら・・・・??すこし狭まったかもしれないと、チョッピリ思うのです。

なぜか。それは、ヒットがうなずけるあの力ある歌手の存在や詩世界から、

わたしたちが そんなに簡単には抜け出ることが出来ないからです。それは既に自由ではありません。

ジュピターのオリジナルを聴いた人100人が、あのヒット曲の詩の世界に浸るとは勿論限らないのに。

もっと、多種多様なはずなのに。  −−−だけど、平原綾香のジュピターも素敵でしたよね。

そういった具体的なよさを確かめて。でも抽象的なものの良さも今の時代、意識しておいてもいいかと。



でないと、「これはウケルだろう」と計算された音楽ばかり聴く羽目になりそうな世の中です。

よく人間の意識を氷山に例えますが、音楽はどこで受け止めますか・・?

・・・多種多様な音楽を肯定し。そして海中奥深くにまで何か伝わるべき音楽を。

・・・それは抽象的な音楽の担う分野なのかもしれない。。。そう思います。





   クラシック音楽の聴き方。というか抽象的なものが生む曖昧な素敵。

   らぷそでぃの偏見たっぷりでお届けしてしまいましたが いろんな御意見がおありと存じます。

   コメント欄での意見交換を、ここの家主、ワクワクしつつ楽しみにしております!





                                オマケ ↓

             ベートーベンの交響曲『田園』、麻婆豆腐のCMに使われた事は幸か不幸か。
             時折、今夜はマーボが食べたいな♪と感じたときに、頭をよぎる愚問です。
    

開く トラックバック(1)

  ☆          ☆
 ★  FAN ONLY    ★
  ☆          ☆



   伝えるってことは

   偶然の産物だけど 

   辞書のいう偶然でもないんだね。



                    種から育てて毎日水をやって予想と違う花を咲かそう
                
                    そんな日々を苦行ではなく遠足のように過ごせたら、
           
                    すごくきれいな見知らぬ花がいつのまにか足元に!!!

                     ・・・・共有とか、伝わる事って、そんな感じがするんだ。

                    

・・・・・・・・・・ねえ?



       ことば。おと。え。しゃしん。えいぞう。いらすと。ぱふぉーまんす。ぱんとまいむ。それから・・。



         いろんなものぜんぶいっしょにためしてみたら



         関数のように 伝わることは増えていくんだろうか。

                              ・・・・増えるんだろうか????? 



         ありったけ使っても伝わらなかった思いはどこへいくんだろうか。

                              ・・・・・どこへ、いくんだろうか????



       
         どうしても伝えられないものを最後まで手元に残して


         写真家は。パントマイマーは。映像作家は。・・・みんなは磨り減らないの?


                              ・・・・笑って次のさいころを振れるのだろうか?



                          だったらピカソはあのサイズでヴェロニカを描いたかな



     大学時代に先輩と語り 途方にくれて封印したこと。




              「 弾きこなすことと征服欲は似ている。」

                
                  「情熱と虚栄心は似ている。」


       もちろん 両者は違うもの。


             でも後者がなければ前者は生まれないといったあの先輩、音楽続けてるかな。

       それから。


       だいすきな、ことば。


       音楽で伝わること。言葉で伝わること。


       弾くこと。書くこと。すべて、わたしに、嘘が、ないように。




               ・・・あたしよ、こういったことをそろそろあたしなりにかんがえていきなさい。





         でも  ^^   らぷそでぃというにんげん。。


           チョコをはじめ 意外とたくさん、 宝物を見つけられるタイプらしい。

           こけたこともすぐ忘れるしネ。好奇心ならオリンピックにも出られる。



                   ああ、

                   弱いとこいっぱいの単細胞生物で、

                   よ か っ た 。            
                              





                           明日で開設1ヶ月。いつもよんでくれてありがとう

                                    Rhapsodhy to you      

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 前のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事