□■ピアニスト ラプソディー■□

たくさんのやさしさ、おなじくらいたくさんのしなやかさ、そのまえにたしかなつよさ。

ピアノ弾きの綴る詩

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練習の合間に。とある曲のメロディーを口ずさみながら。

浮かぶことばたちを綴ります。

過去の作曲家たちも、わたしとおなじ、人間。きっとおなじ、心模様。
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信じるという質量

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舞台で弾く直前に あるいは弾きながら

自分が信じているものを思い浮かべられたなら

それはシアワセなことだ。


信じるということにはちゃんと質量がある。

ーーーーわたしはいま、そうおもう。あたりまえすぎて忘れているだけだと。




信じられるということは

その質量が確かなものって知っているということだ。

信じる行為で繋がるものが

自分の背に添えられたときの

心強さを知っているということだ。




完全に孤独だったら弾けない気がする、というより

孤独でも弾けたとして、それはーーーハピネスの使者ではない。








信じていなくちゃほんとうの意味で弾けないと思うのだ


その曲のチカラとか(どんなに駄作に思えても)

ただ連続する和音の意味とか(どんなに徒労に思えても)


客席、舞台裏に居てくださるすべての人のことも。

誰もわたしの失敗を望んだりするわけがないことも。




違和感が先に立つ鍵盤や椅子、楽器のことすらも。

もちろん弱い弱い自分自身も。

信じるという質量に孵すことが出来たならシアワセだ。






そのコンサートを支えてくださる人のこと。

わたしが生きるのを支えてくださる人のこと。

その瞬間わたしを見守っていてくださる人のこと。

目に映る世界のこと。

極端な話かもしれないけれど、

たとえ大地震が起きても、ここだけは生き残るだろう、地球はそんなイジワルしない、と。

意味もなく楽観できるくらい。

信じるという質量に変えて弾けたらシアワセだ。





演奏しているあいだ

わたしを助けるのは「弾くテクニック」じゃない。


信じるチカラだ。信じるという質量に孵すことができる信念だ。

それをちゃんと知っている人になりたい。






信じるという行為には

ちゃんと質量がある。

ウソみたいだけどちゃんとある。


だから。

それを失くしてしまったら。





質量的な空白ができてしまって


どんなテクニックや名曲をもってしても

ーーーもう埋められないのだ。きっと。


















                                           らぷそでぃ

指に棲む我




 ほんとうのわたしは ね

 と言葉にすることで

 ほんとうのわたしが 仮面をかぶるから。

 五本の指、にたとえながら

 いつつのゆび、といつくしみ眺めたい、

 すべてにわたしが棲んでいる。

 手を見る、手を振る、手を握る。

 手を出す、手を貸す、手を怪我する。

 すべてにわたしが棲んでいる

 これがほんとうのわたし、などと手を分けることは出来ない。


 1のゆびで。2のゆびで。

 しっかり生きて暮らさねばと思う

 溜め息を拒むよなゆびである。


 3のゆびは やじろべえ。

 バランスにいそしみ怯える

 渡り廊下に立つよなゆびである。


 4のゆびで。5のゆびで。

 繋がりたいものの本質に触れる

 こころに繋がるゆびである。


 E.T.の映画の有名なワンシーン

 わたしなら4のゆびから彼に触れるだろう。




 それなのに わたし、は

 てのひらあたりに佇んで


 たまに3のゆびあたりで迷子になる

 ときに手首まで引き返しうずくまる


 カレンダの升目を渡る列車は 1,2の指先から発着し

 時空の旅への船着場は 4の指の先にある。



 ほんとうのわたしはね、と

 言葉にしてしまうと

 いつつのゆび、を、うしなうようで。


 すべてはわたし。

 指に棲む我。




 でもあなたと握手するとき

 気付いて欲しい

 がっしり掴む1と2に隠れても


 あなたに深く潜りこみ

 辿りつき巡りあうのは


 4のゆびであることを。




 すべてに出逢うとき

 信じていたい、

 4と5のゆびのちからづよさ。

 そのゆびに棲む我のこと。

 

 
























                                           らぷそでぃ

変わらないものは

.



長く拡い、大きなフレーズ。

わたしが大好きな音楽の場所。


歌いきるのはむずかしくて


この肺の空気が無くなるわけでもないのに

膝を付くようなブレスをしてしまう。


いつになったら 

願ったとおりの弧を描けるんだろう

長くて拡いフレーズで わたしはまだ 

脱落する渡り鳥



大空に溶けるほど 

喉をぽっかりと開いて

限界など忘れて歌いたい

そんな指で鍵盤に吸い付いて

音に満たされた空間が私自身になるまで。




そんな、瞬間が。

去年よりも、多いと、いいな。

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何度も折り目を付けたページの

フレーズたちの

音符ひとつぶんでも。

長く拡く 歌えるといいな

去年よりも もうすこしだけでも。




どれを弾きたいかはそのとき次第

どう弾きたいかはずっと変わらない。

余韻

.




   キャッチするより

   リリースするほうが むずかしいね

   鍵盤をおろすよりも

   鍵盤をあげるときに こわれもの・注意報。

   トランプのピラミッド 5段目をつくるように

   そっと そっと  そっと。



   動きを終えて 呼吸だけ残って 

   余韻を愛でる 贅沢なひととき
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   消えゆく瞬間の美しさは

   鳴り始めを 越えるから


   ものごとを手放すときは

   耳を。澄ませていたい 石像のごとくに。

   掴むとき目を凝らし手を拡げたそれよりも


   もっと もっと  もっと。














ものごとが消えてゆくときの 美 って
必ずあると思います。(音楽に限らず)

これは私の勝手な想いだけど(笑)

なによりも、
バイオリンはじめ弦楽器の。最後のボウイング・・!!
(もう弓を返さないさいごのさいご)

弓の根本よりも先のほうの世界が・・美しい!!
あと1cm、あとどれだけ鳴る、あとどれだけ続く・・?

うごきが停止しても音が生きてることがあって、
それこそ、稀有な余韻です!

ピアノを、のほほんと弾いてたら見つけ難い感覚です☆
キャッチよりもリリース。


さて、言うは易し行なうは難し。あ、結論でました(爆)・・・練習してこようっと。













                                         らぷそでぃ

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                   涙するほどじゃないけど

                   じんわりと 悲しいとき

                   わたしは 8分の6拍子

 
                   朝靄の水面のように

                   曇った鏡面のように

                   ぼんやり 8分の6拍子

 
                   もの想う旋律くりかえして

                   なんだかな

                   なんだかなぁ と


                   ちいさな舟に隠れ 揺れている。


















拍子が変わるみたいに、
気分も変わればいいのにな・・。

(;_ _)=э
 

バルカローレは好きです。
余談ですが
(こんな余談するからアカンねんなぁ。。)
ショパンのバルカローレの
左手が苦手です。冒頭、の。

か、かなぴぃぃ・・。。










                                          らぷそでぃ

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