色々あったけど(略)ブログ

中学不登校児が夜間定時制高校を卒業し美大目指して浪人、合格。現在彫刻専攻。精神科通院中。

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不登校児のその後

※「不登校のきっかけ」先に読んでいただいてからどうぞ!※

ここから先は、不登校になって1年経った中学3年生のお話です。
左のバーの「雨火のこと」からどうぞ
             
             
             





3年生になりました。学校は4月に一度行って以来、全く行っていません。

相変わらずの、パソコンとゲームで現実から逃げる日々でした。


一度だけ行ったことがあります。新学期が始まって1週間ほどたった日でした。
行ったら、学期の初めにやる数学のオリエンテーションでした。
これからの受験に対応するための、成績の上限や内申。
色々な事を50分間、聞きました。
ほんとうに、辛かったです。
涙がにじみました。もう机しか見れなかった。
自分は学校を不登校して、成績だって1、2、1、2だし、提出物も出していない。
私はダメ。未来はない。クズなんだな、そう思いました。その日は早退しました。


そんな中、教育委員会実施のフリースクールもどき(フリスク)は、
相変わらず起床がお昼で、週に1度か2度しか行っていませんでした。が、夏はもっぱら、そこで過ごしました。
今思えばそこで色んなものをもらいました。
友達ができました。引きこもっていて話し方も忘れた私に話しかけてくれて、
この人が居るならまた来ようか、と思いました。
カラオケだとか、家に遊びに行くだとか、いろんなことしました。共通の趣味の友達ができて、うれしかったです。
先生もいい人でした。パワーがある方でした。
車の中で「行きたくない」と泣く子に、「おいで、楽しいよ」と言うと、出てくる。そんな先生でした。
先生のおかげで、ちょっと元気が出ました。


11月。卒業アルバムの写真を撮るからおいで。
学校からおよびがかかりました。
もちろん嫌でした。でも、気が向いたのか、行きました。
行ったのは授業が終わった放課後。「授業」がなければ、私にとっては友達と久々に会える場所だったのです。
みんな変わっていました。髪が伸びていたり、大人びていたり、男子は背が高くなっていて、すごく驚いたり。
そして、「丸くなったね。」と言われました。「そうかな?」と答えました。
私の世界がぼんやりと、かすかに明るくなっていくような気がしました。

受験も、定時高校にいくことに決めました。
自分の意思で。
同級生たちとは、全く別の未来になるでしょう。
でも、決めました。
私はそこでしかやっていけないと、頭で分かっていたのでしょう。



1月。受験はもう始まっていました。
私は3月の受験だったのでまだでした。


冬のある日、「屋上でクラス写真を撮る。まだ間に合うからおいで。」と電話があり、保健の先生が迎えに来てくれました。
本校舎の手前で車を停めて、外に出て見上げると、屋上にはもう皆がいました。
知っている顔もいました。小学校の時から知っている男子。

(みんなどう思うだろうか。いきなり来た私を、奇怪な目で見るのだろうか。)
そう思っていると、私に気づいたその男子が
「○○〜!」
と、手を振ってくれました。

私、嬉しくて嬉しくて。
思わず手を振り返して、「行ってきます」と先生に言って屋上まで走りました。
1年以上も学校を休んで、それは普通に通うものにとって禁忌であり、みんな忌み嫌っているだろうと思っていたのに、
受け入れてくれた、そのことが何より嬉しかったのです。
お昼休みで、3年生全員が集まっていました。
でもなぜか、周りの目は気にならなかったんです。
少し前までは、外出する時にも、知っている人がいないかとビクビクしていたのに。
胸を張って、その場にいれたんです。
「ふっきれた」のでしょうか。わかりません。
私の世界の周りは、明るかったです。


卒業式。
ぶっつけ本番で、出席しました。
久々の制服。「やっぱり似合うよ」と父に言われました。
式中に流れる、3年間の記録のムービー。
運動会、文化祭、浜辺の清掃活動。いろんなことがあったようです。
もちろん私はその中にいません。
周りのみんなは、「懐かしいね」と少し涙ぐんでいました。
それができない私が、ちょっとだけ、悲しかったです。

受験合格発表日。
定時制は試験よりも面接を見る、ということで、あまり勉強をしていなかったので不安要素はありましたが、
無事、合格しました。
病院の先生も、「よかったね」と喜んでくれました。
もうその担当医の先生は、私のことを親よりも知っている人かもしれませんね。
親も、「よかったね、よかったね」って。
親が嬉しそうで、私もちょっと嬉しかったです。




不登校児からの脱却。

それはいいことなのか、悪いことなのか。私にはわかりませんでした。
ずっとこのままでいて、変わらない無機質な生活を望む自分。
だって、またあの「人間の渦」に巻き込まれ、「成績」という板挟みに苦しめられるかもしれない。
面倒で、しかも恐ろしい。

でも決意はありました。
私は十分に休んだ。
自分に十分、嘘は吐いた。
もうつきたくない。
決めたから、行く。
高校に行くと、己の意思で決めた。
不登校になったのも、己の意思。
ならば脱却も自分の意思で決める。

なんて、思いながら。

私は不登校児から、高校生になりました。











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中学3年を思い出しながら書き出しました。
人に支えられて、こうなれました。
ありがとう。

閉じる コメント(2)

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雨火さんは偉いっ! これからすごい人になるよー。
たくさんの人に支えられて、前向きに生きて来れたところが、
すごくカッコイイです!!♪♪
なんだか読んでてボクも少し涙ぐみました。
強いなぁ。辛かったと思うけど、
書けるってことも素晴らしいです。思い出せるものになったのね。

2008/11/28(金) 午前 4:01 [ - ]

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イルカさん
いや、そんな。おんなじ経験をしている人は、現在進行形でたくさんいるので…。
んー、やっと思い出せるものになったのでしょうかね(´∀`)
確かに今でも、そっぽを向きたくなるような思い出は沢山ありますが、
これで一歩前進?かな。
読んでいただけて何かを感じてくださったのなら、こちらもとても嬉しいです。
コメントありがとうございました!

2008/12/7(日) 午後 8:13 [ 雨火(エンビー ]


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