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太鼓橋から測道を通りまた太鼓橋へそこで写真をパチリ・・・この後また豪邸の中へと入りました。ここで事件が・・・・木村さんがいない?どこへ行ったのだろう?
前の通りを探すが姿が見えない・・・何しろ84歳ですからね、レストランのお姉さんと一緒に写真に収まったのは良いのですが・・・・また迷子?
何しろ中国語は「謝、謝」しかできない人です。木村さん今回の旅行は迷子になること、これで三回目、最初は着いたばかりの上海浦東空港でのこと、トイレに行ったはずの木村さん、待てど暮らせど現れません、きっと「大」でもしてるか?ぐらいの気でいたのですが、いっこうに出てきません、トイレで倒れたと心配のあまり、トイレの中へ行き、「木村さん」「木村さん」しかしもう其処には誰もいません?ていうことは、先へ歩いていったのかな?
皆さんこうなると慌てます、異国の地で、それもまだ飛行場に着いたばかり、何でこんな場所で?イミグレーションのカウンターが見えてくると、いましたね!
「皆さん遅いですね」・・・・!
冗談じゃない、トイレから出てくるのを待っていたのは俺たちで、勝手にすいすいとイミグレまで来ていたとは、まったく、心配かけるな!
しかし今回は飛行場のようには行きません、狭い村だとはいえ、家は数限りなく建っていますし、水路は迷路のようにつながっています、南と北に手分けして探します、そして現在地へ戻る、こんな捜索方法であちこち探しましたがいっこうに姿が見えません、それに集合時間は3時半・・・・胃が痛くなるような焦りが襲います、こんな時は必ず脳みそは悪い方へ、悪い方へと想像が働きます。
村の徘徊をこの時点で中止です、仕方ありません、捜査しても見つからないから、だれかこの村に居残りで探して、後は見つかり次第タクシーで上海へ戻るしかないと、冷や汗をかきながら周庄の村の駐車場へと戻りました。
何と、バスの前にちゃっかりと座り込んでいる「木村さん」が遠目に見えるではないですか、ああ、バスへ戻っていたのだ、何のこっちゃ、人騒がせな、この時点で腰砕けです、怒る気力もありません、まあ戻っていたのだから「良し」としましょう。
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