中国大陸夢紀行の会

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山西省の大同へ

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 中国三第石窟の一つ大同の雲崗石窟を目指し・・・北京西駅へいざ出陣。
このくらいの気合いを入れないと火車には乗れません・・ホームの待合室へ行く前から人人人です。近年は列車の妨害などが起きている関係でセキュリティーはとても厳しくなっております。当然持ち物は全てレントゲンの機器を通してからでないと入場できません。
 時間になると列車番号の下で待っていた人たちがドドドとホームをかけていきます。この人達は無座のお客で座席のない人たちで・・・日本人はこの環境を理解できてないので比較的おっとりと乗り込みます自分の番号の座席に行き着くと・・・・ほら、もう中国の厚かましい人民が俺の席だと言う顔で座っております。
 ここで、ひるんではいけません!断固交渉です。
「請観観票」・・「無座」(ウー、ゾウ)で座っている人のチケットには座席は番号の表示は絶対にありません。
 そして自分の座席番号のチケットを相手に見せて・・・どいて頂く・・・断固どけ・・なぜなら五時間も立つわけにはいかないのだ。
 このくらいの強心臓でいかないとなめられて座れなくなるのです・・・だが、三時間もすると・・隣の席のオランダ人一行ですが座席が堅くて座ってられず・・このように皆立ち上がりうろうろしているのが関の山となるわけです。
 大同は遠く・・そして中国は広い・・・日本人の尺度は通じないと言うことです。

北京空港からホテルへ

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 空港から街へ出る・・・これがなかなかうまく行かない?オリンピック前で工事中の現場があちこちあり渋滞やら排気ガス責めやらで・・・北京はごった返しております。
 明日大同への移動を考えホテルは北京西駅の側の「中塩飯店」を予約してあります。
空港のリムジンバスで「公主墳」まで行き後はタクシーで「中塩飯店」まで・・・これがつまずきの始まりでした。
 終点の「公主墳」で降り、荷物を確保し、タクシーを捕まえ「中塩飯店」の住所と電話と予約カードを見せた・・・運転手が首を傾げて・・・知らないという。
 二人目の運転手も「中塩飯店」を知らないと言う・・・だいぶ焦ってきた。今までホテルを予約して存在しないホテルなぞあるわけがないのだが。
 三人目の運転手を捕まえた・・・「中塩飯店」(ゾン、ヤン、ハン、ティェン)薄暗い通りでのやり取りだ・・・運転手が「ドイ」解ったと言う、もう一台のタクシーを止め8名が4人ずつ乗り込み走り出した。10分ぐらいが何とも長く続く・・・北京西駅の大きな駅舎が見えて来た・・広場を迂回しホテルの立ち並ぶ一角に到着・・一番大きなホテルの車寄せに着いた。
 運転手が「ゾン、ヤン」と大きな看板に指を差した。えー、これが塩・・・そう中国では塩の漢字が日本とは違うのだ!いや、これでは解らないわけだよ!
 まあ何とかチェックイン出来ましたけどね・・・本当に知らぬが仏・・・勉強不足を痛感いたしました。

にぎやかな成田です。

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 チョキもいればパーもいるにぎやかな成田の出発ロビーです。やはりパキスタン航空はアルコールは出ませんでした。飲兵衛にはちょっとつらいかな!でもこれが解っているのであるなら・・・待ち時間に少し頂いておく・・・この手しかないでしょう。
 たばこ好きの人も「全面禁煙」に協力しているのですからね。
機内も子供達ですごくにぎやか・・・どこの国の子供でも純真爛漫いいものですね。
それと機内では機長自らの挨拶などあり・・・以外とパキスタンの飛行機はフレンドリーでした・・中国の飛行機より良いかも?

2007年の大同

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 今回は2度目のイスラム圏の航空機だった。成田には目をくりくり動かす腕白がたくさん集まっていた。小さくても皆イスラム教徒である。!
 もう6年以上前になると思うのだが初めてカンボジアのシェム、リアップに行くべく成田でチェックインを始めた時にアクシデントが起きた・・・この時はバンコック経由でアンコール、ワットを目指していたのだが。
 バンコック行きUA便でオーバーブッキングが発生、成田で多くのお客が積み残しになるという事態になっていた。
 我々6名にマニラ経由でバンコックに行ってくれるよう指示が出た。もちろん一人に付き100ドルのボーナス・・それとマニラまではNW便のビジネスクラスを用意するという条件提示だった。
 急遽手書きの航空券が渡され出発の迫っていた「マニラ」行きに乗り込んだ・・・食事が粗末なNWというイメージが払拭される豪華な料理が用意され、一同6名は満足のいくフライトをマニラまで楽しんだのだ。
 着いたマニラでは入国することなく別の裏道を案内され、出国のブースへと移動した。そこに待っていたのは「アラブ首長国連邦」のエアーバスだった。
 離陸すると2度目の食事が出る・・・いくら食い意地が張っていても2度は無理・・・ならばビールだけでもと思い聞いた・・答えはウイアー、モスリム・・・ノン、アルコール!!!”
 というわけで・・・今回の北京行きの航空機はビール無しのフライトになりました。

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 バスはホテルへ戻った・・・何となくリッチだ・・一枚8千円でアメ横で売られている一円銀貨が8枚でたったの100元・・日本円で1,500円だ、文句の言いようのない買い物であると?
 夕飯も済みホテルの部屋に引き上げると先ほど買い込んできた銀貨が気になる・ウエストバックから取り出しベットの上に並べてみた・・・薄暗いベットの上で一枚を取り見てみるとえーと声を出してしまう年号が刻まれていたのだ。
 この時の驚きは今でも思い出すと笑いがこみ上げてくる・・・最初に見た銀貨には「明治元年」と刻まれていた・・・ご存じ戊申の年・・慶応4年に相当し・・・近藤勇は斬首になるが、まだ土方歳三は函館で戦争を継続している、そんな年にこの銀貨が作られた・・・そんな馬鹿な!
 もう一枚を見てみた・・・こちらは「明治一年」とある・・・元年と一年?ウハハハハ!これはいけないですよ・・この年号の使い方は・・・もう一枚には「明治二年」とある。
 確か新貨幣の鋳造は大阪に造幣局が出来てからであるから・・・明治七年より前には無いはずで・・これは全部・・・うむうむこれは偽物だ”
 だんだんと腹が立つよりおかしさがこみ上げてきた・・・泣き真似までして一〇〇元札をひったくる彼女の顔・・・九〇〇元がたったの百元に?本物の訳が無いではないか・・・
 天の声が俺の耳に響いてきた・・・愚かな日本人よ・・大陸の文化文明の恐ろしさを知ったか?

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