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水郷の村 周庄へ!

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 翌朝は早起きです、9時までに上海体育館駅まで行かねばなりません、8時には地下鉄に乗車です、いざ、地下鉄に乗ろうとホームに降り立つと、すごい混雑です、まるで東京の「山手線」!なんだこれ!状態になっております、旅慣れてはおりますが、ここまでの混雑は、・・・?
 実は上海の郊外にはたくさんの水郷が存在してます、それも明、清時代の建物がたくさん残っている「水郷」が何十とあるのです、もう13年ほど前になります、初めて訪れた「ルー・ジィ」の村には蘇州の呉県のバス停から路線バスで行きました、それこそ床に穴が空いていて、粽のカスや鼻紙のゴミをその穴に平気で捨てる乗客を見ながらの旅です。
 ルー・ジーの村は水路に囲まれ古色を帯びた建物やお寺が散在し静かな村のたたずまいがすっかり気に入り、上海に来るたびに通いました。今回は少し楽をして「観光バス」に乗ろうと「上海体育館」の側のバスターミナルへと向かったのです。
 やっと地下鉄に乗り込み「上海体育館」で下車、地上に出てみると体育館の大屋根が遙か遠くに見えるのですが、どこに「バスターミナル」があるのか皆目わかりません、何人にも道を尋ね広場を横切りようやくチケット売り場に来てみると、「周庄」行きのバスのみが残っているだけで、後は皆売り切れと出発済みで最後の「周庄」行きにやむなく乗車となった次第です。
 高速を走り、下道を2時間も走ると「周庄」へと着きました、帰りの時間だけを約束して早速村の中
を散策です、「ルー、ジー」の村と似ておりますが、水路の幅が広いのと観光地になって時間が経過しており、悪くいうところのスレが目に付きますね、もっと素朴さを堪能したいと思ったのですが、残念なことに近代化、いや、観光地化の波が押し寄せているのです。

上海雑伎!

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 美味しい和食をいただきました、日本酒を飲んだ木村さんご満悦です!上海で紹興酒ならわかりますがまさか今日日本酒が飲めるとは、何しろ木村さんの笑顔・・・84歳です、良く歩いてくれてます。
 さて時間までに雑伎の劇場へと急ぎます、会場にはいると少し舞台が狭い、小さな舞台ですね、これでは演者がヤリ辛いであろうなと、瞬間思いましたが、始まってみればいつもの迫力で演目が始まりました、本当に何度見てもあっという間の1時間半です、ピエロのショーは爆笑もので言葉の壁を取り払ってくれますね、あまり良い写真がありませんが一枚だけ掲載します。

上海へ!

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 駅前の鉄路賓館に戻って参りました、南京駅で中国版新幹線が俺たちの特快を後目に隣のホームから滑るように出ていきました、次は山形、山形とアナウンスが聞こえてくるようなほどそっくりさんです。
 この切符を買いたかったのですが・・・・ちょっと無理でした、旅行社に頼めば何とかなるのですが、自分自身で窓口に出向き買うのはまだ無理のようです、そのうち本数も増えれば何とかなるでしょう、次回のお楽しみ!
 上海に戻ったので夜のお楽しみ「上海雑伎」です、ついた日に「シャングリラ、ホテル」のチケット売り場で買い求めてありました、素早いでしょう、こうでもしないと、トラフィックスや、クラブツーリズムやらがすぐ買い占めてマージンを乗せ、高く売りつけるのですよ、俺たちのせっかくのお楽しみが無くなってしまうのです。
 ところが今回はシャングリラの劇場が改装中・・・ということで錦江飯店の側の劇場へやってきました、地下鉄に乗ればすぐに着きます。本当に上海は便利になったものですね。
 開演まで後一時間以上ありますので、夕飯を食べようと、きょろきょろしてますと、何やら「赤提灯」が見えます、まさか「和食」?
 いや、禁じ手の「日本料理」ですよ、中華を食べ尽くす、と意気込んでいたのですが、久々の日本食、見てください、「キリン」がテーブルに・・・・あらら、俺青島が好きです、何ていえなくなってしまいました、日本語が通じるし、マネージャーは日本人?楽で良いですけど緊張感が無くなり困ったものですね、というわけで、美味しくいただきました。
 
 

南京最後の朝!

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 揚州への日帰り旅行が無事に終了しました、以前は鎮江からフェリーボートで揚州へ渡りましたが今回は逆に上流の南京から高速バスで揚子江を横断したことになります、本当に便利になりました、南京からは揚州に鉄道も通っているようですが、支線の鉄路は本数が少なく利用者はあまりいないようです、どうしてもバス路線に頼るのが中国を旅する秘訣となってます。
 昼過ぎの上海行き特快まで時間がありますので、玄武門の見学にやって参りました、ホテルから目の前の道路で1番のバスを待ち、皆で乗り込み(一人、1元)料金を払い玄武門前で降車、それこそ乗ってしまえば10分で着きますので、近いものです。
 ここ南京は日本で言うと古都鎌倉のような地形です、北側に揚子江の大河が流れ、背後の南には紫金山の山並みが連なり、周りを堀で囲んだ難航不落の城郭都市なのです。
 かつて三国志に登場する頃は「建業」と呼ばれ、呉の国の重要な街の地形が今も残っておりますが近代になり所々城壁も壊されてしまってます、しかし、ここ玄武門は明の時代からの姿を残し南京城の面影が未だに残っている場所です。
 北の守り神である「玄武」を名前に使うこの門をくぐると広い湖がそこに表れます、この湖は玄武湖と呼ばれ、南京駅の側まで広がる、広大な水瓶です。
 揚子江が増水するおりには遊水池の役目をしておるわけで、中国大陸には広大な大地が広がっておりますが、各地に治山治水の妙技を見ることが出来、五千年の文明と文化はまさに大地との戦いであった、と言っても過言ではないと、確信する場面がこの玄武湖なのでしょう、時間の加減でここだけを見て南京駅から上海へと帰って参りました。
 

揚州博物館!

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 お昼が長引いてしまいました、料理が美味しすぎ、ビールも重ねて美味しい、昔はこのビールが冷えて無くて往生した物ですが、今ではキンキンに冷やされたのが出てきます。
 これでは昼飯でなく宴会です、でも中国の料理は本当に飽きませんね、種類も豊富、材料も新鮮、言うこと無しです。どんなに食べても普通のレストランでしたら一人あたり50元、もちろんビール代も入ってですよ、安い物ですね。
 さて、道路の反対側にある「揚州博物館」へと向かいました、新年のお祝いの垂れ幕がかかげられ、どこもかしこも煌びやかです、ここの宝物は南京博物院には引けを取りますが、漢代そして随、唐の時代の古い出土物がたくさん展示されてます、そして特筆は「マルコ、ポーロ」のお部屋が設えてあるのです。
 彼は元の時代にイタリアのベネチアから遙か東洋へ旅をし、ここ中国の文物を旅日記「東方見聞録」を表しました、まだ未知の国であった中国を西欧に紹介した大偉人です。
 その中には黄金の国「ジパング」として日本も紹介されているのですから、日本という小さな国が世界の鳥目にさらされた最初と言って良いのでしょう、そんなマルコを記念したお部屋が用意されているのです。
 ぐるぐると広い博物館の中を見学し、もう一度遊路のバスに乗車しました、本当は「傘(山に十)園」にも寄りたかったのですが、何しろ南京まで戻らねばいけません、時間を気にしながらの見学では身が入りませんので、今回はパスです、一路高速バスの乗り場まで戻ってきました、そして待つこと30分来たときに買い込んでおいた乗車券で南京へと無事戻って参りました。
 

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