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唐城遺跡へ!

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 初めて大明寺を訪れてから15年の歳月がたちました、お寺の境内は時間においてきぼりにされたように何も・・・・変化無し!多分街中へ行けばビルが建ち様変わりとなっているだろうとの予想は立つのですが、この山間は開発という名の破壊行為から忘れ去られたように静かです、扁額の「風月同天」がまだ耳について離れません!
 大明寺のシンボル「七重の塔」が出来上がってました、これはコンクリート作りで見学をするのをためらいます、やはり古式に木造でなければね、そして脇門から道まで下り、隣の峰続きにある「観音寺」を見学しました、ここに連なる小山は唐代の遺跡群が沢山ある場所です、もちろん遣唐使を迎えた城郭はこの山の峰峰にあったのですね、ですから揚州の街を取り巻く大運河は都、「洛陽」へと今でもつながっているのです。
 観音寺を出て平山堂路で先ほどの遊路の路線バスを待ってます、この時バスを待つ間、トイレに困りました、近くの学校で借りようとしたのですが・・・ダメ!
 結局、小藪を分け入り用足しです、本当に中国ではトイレが一番悩みの種ですね、待つこと20分やっとバスが来ました、そして揚州の街中にある「揚州博物館」の前で下車です、でも博物館は後回しにしてお昼をいただかないことには、そんなわけできれいなレストランがバス停の向かい側にあります、冷えたビール咽を湿し、歩き疲れた足をいたわって、揚州名物「揚州炒飯」をいただきました、「ヤンゾウ、チャーハン」が日本で好んで食べる卵と焼き豚、グリーンピースなどが取り混ぜて入っている「炒飯」なのです、お味は日本で食べるものと変わりません、それに揚州料理は薄味でどれを食べてもとても美味しいのですね、そんなわけで写真は城壁の名残の外堀の風景です。

mini唐招提寺!

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 前庭からして日本のお寺です、小さな小さな唐招提寺、「日本人」がたくさんお参りに来ましたよ、本堂の左手に遣唐使船の模型が、そして複製の「鑑真和上座像」、問いかけるのですが答えるわけがありませんね、盲目に成りながら日本へと渡った。
 今流にいう、ど根性、いやガッツマン!やはり歴史に名を残す人は何処か常人を超越しているのですね、たった10元ですが喜捨を致しました、こっそりと「十一面観音座像」を写真に納めてきました、中国の仏像にはあり得ない彩色無しの仏像、寄せ木で衣紋が右手に乗りうつむき加減のお顔のみに金粉が、そして立て膝という珍しい形の仏・・・何だか自分が里帰りしたような「いい気分」であります。
 中庭と外庭のくぐり門に「風月同天」と扁額が・・・当たり前のことですが、ここの空にそよぐ風と煌々と照らす月の光・・・本当に良いお寺です。

大明寺の大雄宝殿!

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 さすが、鑑真さんのお寺です、本殿(大雄宝殿)の聚弥山、観世音菩薩です。見上げると首がおれそうなぐらい高く、覆い被さるような菩薩様・・・ありがたいお顔、それより暗いので写真の出来がすこぶる悪い、ご勘弁を。
 そして裏庭から広い空間に出ると、ありました一番奥に唐招提寺の縮小版、鑑真和上記念堂です、達筆の祈念碑の前で一同整列して写真を一枚・・・微かに後ろに写っているのが小型版「唐招提寺」です。
 何回も渡航に失敗し、それでも日本を目ざした「鑑真和上」日本に仏教が根付く、大偉業をなしたお坊様ですね、奈良から送られた国宝の鑑真像が鎮座です、もちろん複製ですが漆乾の良い作りです。

大明寺!

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 大明寺へ着きました!何でこんなお寺に来るのですか?との質問が同行の諸姉先輩の方から発せられました。揚州で一番多きお寺!だからでは無いのです。
 実はこのお寺「鑑真和上」のお寺なのです、奈良にある唐招提寺を建立した、それはそれはえらいお坊様、日本に正式な仏教を伝えるため、何度も渡航に失敗しながら、失明というハンディキャップを背負いながら、それでも日本を目ざし、仏教を広めるという一途な気持ちで奈良へと渡った人なのです。
 奈良を旅行し、「唐招提寺」の天平の甍を見学した人も多いことでしょうが、鑑真さんの住んでいた「大明寺」を訪れる日本人はそう沢山いるわけではありません、仏教関係の方は多く訪れる機会があるでしょうが、ただの歴史好きでもここまで来るのは大変な労力がいるものです。
 山門と大雄宝殿の前で昔の遣唐使の多大な苦難をたたへ、鑑真和上の情熱に預かろうと皆で集合写真を撮りました、まあ、そんな能書きよりもこのお寺のすごさは歴史の中の金字塔といえるのです。ハイ、チーズですよ!みんな引きつってますね!

揚州へ到着1

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 高速バスはさすがに速いですね!南京の第二大橋をものすごい勢いで通過していきます、大河、揚子江が眼下をゆっくりとノンビリと流れていきます。中国で揚子江(ヤン、ツゥー、ジャン)と発音するとほとんどの人には通じません、日本人が勝手に揚子江と呼んでいるだけで、ここ中国では「長江」と言い習わしています。
 2時間のバスの旅が終了し、揚州(ヤン、ジョウ)へ着きました。この街は遣隋使、遣唐使の頃にはもう立派な街として歴史に名を残してます、洛陽に都があったとき、江南のこの地に出先の役所が置かれておりました、空海も最澄もここにわらじを脱いだのです、ですから上海の街は高々800年の歴史しかありませんが、ここ揚州はもう2000年以上の歴史を刻んだ街なのです。
 まあ、能書きはどうでも良いのですが、バスを降りたとたんにタクシーの客引きに取り囲まれます、これがしつこいの何の、とにかくこの人達を引き離さないことには、皆さんにバスのターミナルの中に逃げ込んでもらい、帰りの高速バスの切符を確保しにカウンターに直行です、高速バスは20分間隔で運行されてますので3時発南京行きを頼みましたが、3時20分の切符を買うことが出来ました、これで安心です、さて、さっきの客引きがいなくなったところで地図を眺めるとありました、「遊路」と書かれた観光地巡りの路線バスです、これで市内に行けます、出来ることなら「大明寺」を通るバスが良いのですが!
 運転手に聞きますと「大明寺」は1路のバスだから向こう側だと教えてくれました、そしてこの1路のバスの運転手がやたらに元気、陽気な運転手さんでした、それにとても親切、難無く大明寺に着くことが出来ました。
 

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