中国大陸夢紀行の会

足で見つけたアジアを紹介しております!

久々の上海!

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紹興から杭州へ!

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 朝ご飯は相変わらず「正しい中華料理」です、毎日、毎日、中華料理ですが飽きが来ません、朝ご飯にいただく「粥」・・・日本から持参の梅干しをちょいと混ぜ混ぜして、白粥に味がしみた頃いただくのです、中国ではお茶はほとんど有料だと思って下さい、ですからパック緑茶を日本から持参してレストランに繰り込むのです。
 朝ご飯はほとんどがバイキングです、色々な品を食べたあと「お茶」をカップに入れ、服務員のお姉様に「お湯下さい」と言いましょう、発音は簡単です・・・「カイ、シュイ、ヨウ・マ」?
間違っても「湯・タン」と発音しないことです、タンはあくまでも「スープ」のことですからね。
 服務員の方々は日本茶を見たことがない、そこで持っているパックを差し上げると「オオ、謝、謝」となりサービスも一段と良くなること請け合いです、へたにチップを出すより効果抜群ですよ、何しろ、中国ではお茶は高級品なのです。
 さあ、朝ご飯が済んだら杭州へと向かいます、しかし、まだ2時間ほど時間がありますので、駅近くに老街があります、「王義之旧居」と地図の表記されてますので向かいました。
 途中何度も道を尋ねて行きました、古い街並みを潜っていくと「王義之旧居」と看板の掛かるお寺に着いたのです。
 王義之は西暦で言うと「300年」代の人です、王右軍の呼び名がある政治家ですが「書家」としての名がとても高いことで有名です、行書、楷書、何でもこなす大家なのですね、ですから今の書道界においても手本とされているのです、中国でもそうですが日本でも奈良時代からの有名人なのです。

旅友の誕生会!

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 禹陵を辞しました、夕日が西へ傾き空があかね色に染まってます、毎日お天気に恵まれ旅日和が続いているのです、そして今夜はお誕生会をする事になりました。
 毎日中華料理を頂いているせいでしょうか?甘いスイーツが欲しくなるのでしょうかね!あと数日でお誕生日のカコちゃん、ささやかで盛大な誕生日のお祝いとなった次第です。
 そういえば上海の大通にはケーキ屋さんは見あたりませんが、ここ紹興はあちこちにケーキ屋さんを見かけます、紹興はそれだけのんびりした良い街なのですね、レストランに繰り出し、事前に買い込んだケーキを隠し、カコちゃんの誕生会の始まりです。
 日本だと茶色のビール瓶が定番ですがここ中国では透き通るような白い瓶に詰められたビールが出てきます、そして定番のおつまみはひまわりの種・・・日本ではあまり食べませんが中国の人はこの種を上手に食べるのです、そして、いきなり「ハッピー、バスデー」「カコちゃん」の歌がレストラン内にこだましました、外国で味わう「誕生日」これもまた又乙なものですね。

禹陵ー2!

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 中国の古書、史記を紐解きました、「禹」はここ紹興の地で没しているのですね、だから伝説の御陵がここにあるのです。なるほどと納得ですよ。
 だいぶ太陽が西に傾いてまいりました、秋の夜長の始まりですね、まあ何とか頂まで登ることができるのではと、頑張って登ってみましたが?、結局、御陵までは登坂することができませんでした、それはそれで残念でしたが、小さな湖の風景はまさに紹興です、ブログをご覧の皆様は是非中国の良き時代の風景をお楽しみ下さいませ。

大禹陵へ!

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 魯迅先生の旧居を出て「老街」をぶらぶらと歩いて大通まで戻ってきます、さあ、次は何処へ行こうかなあ?
 書家で有名な「王義之」の碑文を見に行きたいのですが、路線バスの3路が見つかりません、たぶん駅前から発着しているのでしょうが、魯迅旧居辺りからは通ってないようです。
 ふと地図を眺めていると「大禹陵」とあり、路線バスの終点まででいけるのを発見しました、これなら迷うことはありません、どこかで違う路線に乗り換えるのと、単純往復とでは偉い違いがあります。
 この大禹陵へ行くことに決めましたが「禹」・・・?とはいかなる人だったかなあ?たしか相当古い人のような気がしたのですが、そうか、「堯」とか「舜」とか中国の古代の皇帝だったよなあ!
 何しろ、中国は5千年の歴史と豪語している国です、古い偉人は数限りなく、どの時代にも時の人が存在するのです、ようやくバスは終点に来ました、目の前が「大禹陵」です、入山料を払い電気カートへ乗車、広い広い公園のような御陵です。
 帰国して「史記」を紐解いてみると・・・夏王朝の伝説の皇帝とありますね、治山治水に生涯をかけたと書かれてます、古代の王は人徳と山や川を制御コントロ−ルできる人が皇帝といわれる存在だったのですね、まあ、今でも条件は同じでしょうが、今の政治家の方が一回りも二回りも小さい器に感じてしまうのはおいらばかりでは無いでしょう、そんな感想を持ちましたね。

魯迅の旧居−2

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 入館券は2枚です、9名の団体なので一枚で5人まで入れました、パスポート提示で無料はありがたいですね、日本とのつながりが深かった魯迅先生の遺徳なのかな?そんな感想を抱きながら入館しました、「周家」(魯迅の本名)は地主階層なのですね、小作をたくさん使う大地主とまではいかないまでも、読み書きをできる知識階層だったのです、戦後吹き荒れた文革大革命では一番ねらわれる階層だったのですが、魯迅はそんな文革を見ずに亡くなったいますので、文化財の焼き討ちや崩壊を見ないで済んだのです。もちろんこの旧居も人手に渡っていたのですが、こうして、移築買い取りがおこなわれて旧に復された、まさに文化財としての保存方法ですね。
 結構広い屋敷です、一番奥に「百草園」が作られてます、魯迅が子供の頃に遊んだお庭です、戦前の資産家ののんびりした生活が見られる、貴重な建物です。
 紹興へいかれたら是非とも訪れてくださいませ、日本と中国は仲の良い隣人なのだということが言葉以外で判る貴重な場所となっております。
 


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