中国大陸夢紀行の会

足で見つけたアジアを紹介しております!

久々の上海!

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老街の水上散策!

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 白タクの運転手さんと斡旋人の男がお客を逃すまじと待ちかまえております、蘇州は2日ぐらいかけて見学すれば歴史遺産の相当おもしろい場所へ行けるのですが、まあ、今回は半日観光です、それも白タクを使っての観光でどうにか時間の節約が出来ればと、渡りに舟で乗り込みました。
 小一時間の船旅です、ゆっくりゆっくりと船は進みます、今の時代は車が主力ですが、かつては船運が人民の足の全てでした、特に江南地方は南船北馬の喩え道理の街並みなのです。
 じいさんの船頭が二人がかりで舟を舫からはずし、水路へとこぎ出しました、エンジンの音も軽やかに鉄道の路線を潜り南下します、何だか対岸で映画の撮影をしているようですね、黒山の人だかりが見えてきました、水しぶきを蹴って進む船旅はいい物です。

蘇州の運河!

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 午後の限られた時間で蘇州を旅しているのですが、どうもこのお仕着せの強制ガイドは好きになれません、今度は「舟」に乗れと、はんぶん命令口調です。
 まあ、蘇州は水路が街の交通機関でしたから、何処にでも運河がつながっているのですね、ちなみに揚子江を挟んだ対岸の「揚州」とも大運河で繋がっているのです、日本の遣唐使も都に上るのにはこの運河のお世話になっているのです、隋の時代の皇帝・煬帝が作らせた大運河の道筋なのですね、もっともこの運河のお陰で隋は滅び「唐」に取って代ってしまうのです、時代の変革が隋唐時代から蘇州を翻弄してました、そんな運河の船遊びをキャッチガイドはたくらんでいたのです。
 まあ、だまされるのも旅の醍醐味です、そして少ない時間で旅を有効的に回る、これも、一つの手なのだなと、与えられた遊覧船に乗船しました、それが意外といい風景なのですね、水辺は船端から眺めるのが一番ですよ、以外と当たりでした。
 

虎丘塔!

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 「虎丘塔」は(ふーちゅー、たー)と読みます。呉王こうりょ(漢字が出ません?)の墓という伝説です、何しろ、ものすごい数の観光客で剣池の橋が壊れるのではないかと心配するほど大盛況です。
 今から20年近く前、蘇州に初めて来たときのことを思い出すと隔世の感が有ります、ほんの一握りの観光客に群がる力車のおじさん達、それに混じる白タク、目当ては全て外国人でした、ところが20年の歳月で様変わりをしたのです、中国人のお客さんが大半を占めるようになりました、本当に豊かになったのです、もちろん、ごく一部の人がお金持ちになったと言う言い方がされますが、全体の国民生活が向上しているのも事実なのですね。
 虎丘を一回りして古代の夢とロマンの歴史を踏みしめながら下山してくると、待ってましたとばかりにおみやげ物屋の行列に出くわすのです、石の判子あり、絹のセンス、絹のパジャマ、これでもか、これでもかの押し売りです、そして入山した山門にたどり着くと、運転手さんが待っているのですね、ここで逃げられると金になりませんからね、何しろ、おいらは「路線バス」の達人なのでね、こっそり乗り込んで駅まで帰る事なんて朝飯前ですよ。

蘇州の斜塔!

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 虎丘の塔は煉瓦造りです、良く写真を見て下さい、木造を煉瓦で模しているのがおわかりになると思うのですが?木組みの蛙又を煉瓦で代用しているのです、すばらしい造形美ですよ!それと、かなり後方へ傾いているのも写真でおわかりになるのでは・・・?カメラを傾けて撮影したのではありませんよ、地盤が緩く、後方へかなり傾いてしまったのですね、「蘇州の斜塔」なんて、呼び方をしてます。
 この煉瓦塔を作る為の接着剤がおもしろいのですよ、現代のようにセメダインが有るわけではありません、よって、使われた接着剤は何と・・・「餅米」だそうです、傾いてしまったので内部にはいることは出来ませんが蘇州一番のシンボルとなってます。

試剣石!

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 長のご無沙汰です、少し事情が有りまして更新が遅くなったことお詫び致します。さて、蘇州の虎丘からの旅行記の再開となります。
 蘇州の話を少しだけ書きますが、この街は何とも古風なたたずまいと人情が取り柄の「蘇州」なのです。一口で言う事なのですよ!
 何しろ紀元前から存在していた街ですがそんな街、日本にありますか?ここで問うのも変なのですが日本にはこの時代「村」は存在しますが、大きな街、都市、そのようなものは存在していません。
 まあ、文化歴史と歴史の長さの違いを今更言うのも変なのですが、中国はやはり悠久の文明最先端地、こう言う表現が適切だと思い使わせていただきます。
 さて、虎丘の参道を上って行きますと、そこには「剣池」なるものが有ります、何だか中国人の観光客でいっぱいなのですが。この小さな池に「呉」の切れる大事な剣がたくさん隠されていたそうなのですね、ただし、始皇帝の命令で発掘をしたそうですが結果はまるで何も出土しませんでした、完全な空振りだつたのです。
 そんな雰囲気があるのでしょう、この参道に「試剣石」なる、大きな石が置かれています。古代の呉の切れる剣を誇示している雰囲気が当たりに醸していますね、説明版に目を移すと・・・?呉の剣は大変な切れ味でこのように大きな岩(石)をも真っ二つに・・・?スイカのように真ん中から二つにわれております。
 お見せしたいのですがが写真は有りません、5日目にポシェットに入れてあったデジカメをスリ取られてしまったのです、ですから写真は同行の友人達のを使用しております、悪しからずご了承ください。
 
 


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