中国大陸夢紀行の会

足で見つけたアジアを紹介しております!

北京・承徳清朝夢紀行!

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 次のページ ]

乾隆帝の御陵!

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

 長い参道が終わり電気自動車は駐車場へと滑り込んだ、チケット売り場とここの駐車場をピストン輸送している、帰る時はここから乗り込めばいいのだと納得する、なにしろ訳も分からずに乗り込んだのだから、致し方ないのだ。
 乾隆帝の御陵の方へとみなゾロゾロと進んでいくが敷地は途方もなく広い、そしてみな歩かなければいけないのだ。
 遠くに山並みが見え青い空に甍が栄え風水の観点で建てられた御陵の楼閣が連なっている、歩き疲れてようやく正面の建物から入る事ができた、一番奥にある地下宮殿へと建物を何回も潜りながら進むのだ。
 途中の部屋には乾隆の肖像画を含め歴代の皇帝皇后の絵が掛けられている、台北の故宮博物院にも乾隆の立像が置かれていた、清朝の皇帝の中では一番隆盛を極めた皇帝陛下、たぶんこの時代の版図を今の共産党政府も主張しているのだと聞いた事がある、でないと、ウルムチやチベット・内モンゴルなどは外国という事になってしまうのだ。
 さて、政治向きの話はどうでも良いのだが、坂道を転がるよう奥に入っていくと豪華な柩があり壁にはすばらしい彫刻が施された地下宮殿が現れた。
中華思想の権化がここに眠っているのだと、そんな感想が最初に浮かんできた。

清東陵へ!

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

 泊まり込んでいるホテルの朝食も3度目となると、ちと飽きが来る。そこで、近くにある「中安ホテル」へと出かけた、こちらの方が安い、一人25元、もちろん中華バイキングだ。
 このホテル北京駅の線路がすぐ裏手まで迫っていて、駅には近いがうるさいのかなと思っていた、ところが以外と安くて良いホテルなのだ、その証拠に「外人」だらけ、自分も外人であるがこの場合いの外人とは欧米人の事。ネットで検索予約ができるから、今度来る時はこのホテルにしよう。
 さて、3日目の車が来た、運転手は大きな体の「王さん」だ。今日は清東陵へと向かう、そして、午後からは天津側にある万里の長城へ行く予定、内陸の敦煌の郊外にもあるしこんな海に近い所にも長城が築かれていたのだ。
 車は北京の東方向へとひた走る、高速を1時間以上飛ばして来た、どうにか山が見えてきた頃、「東清陵」へと到着した。
 門票を買い込み専用バスへと乗り込む、入場すると電機カートが用意されていた、まあ環境に配慮しての事なのだが、来るたびに値上げされる入門票には困ったものなのだが。
 先ずは、「乾隆帝」の御陵へと向かう事にするのだが、この御陵の参道の長い事・・・・遙か彼方から道が続いている、そして石人石馬がこの参道の両側に並んでいるのだが、たぶん、最近作り直した石像のようだ。以外と石事態が新しい?10年ほど前に来た時はここの参道に石馬は無かったのだ。
 

北京の夕飯!

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

 俺たちのホテルは「北京駅東街」にあります、車は涿州から高速道路へ乗り込みました、昔に比べれば本当に便利になったのです、1時間も走ると廬溝橋の橋が左手に見えてきました、永定河を渡れば北京市内へと入ります。
 ホテルに無事到着、皆さんには部屋で休んでいただき、夕飯を食べるレストランを探しに出てきました、ペットボトルの水の買い出しもしなければいけません、水道水を飲むのは大変に危険です、たぶん日本人には無理でしょう、下痢の原因を作るような物です。
 たまには「シシカバブー」が食べたいなあ・・・!どこかに串焼きを出す店はないかなあーと、歩いていると、ほら有りましたよ。小さな食堂が連なる商店街へ出てきました、ホテルから歩いて5分、いくらでも食堂は見つかるのです。
 さあ、皆さんを連れて夕飯です、こんな小さな店なら料理を10品取って、ビール、白酒も入れて、一人50元も有れば御の字です、物価高の北京ですが、飯だけはまだまだ安いですね。

北京最強の乞食!

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

 三義宮をぐるりと見学し、最後は集合写真・・・?あれ、何人か足り無いなあ・?まあ良いか!
山門を出た瞬間に「嵐」が襲ってきました!!!・・・・黒い雲と大粒の雨、次に行くはずの張飛の井戸と思っていたのですが、傘も持ってない身の上です、これでは無理ですね。
 運転手の王さんへ、「ホテルに帰りましょう」と言い、車は三義宮の塀沿いに進んでいくと、小降りになった雨の中一人の男が道をふさいでます、あ!「乞食」だ・・・・?
 この男、少し歩き方も変ですが着ている衣服も変、というよりボロ布をまとっているような姿、近くで老女が見ているのですが、顔つきから「やれ、やれ」とけしかけているのです。
 クラクションを鳴らしても男は車の前から退きません、逃げようにも道は狭く一本道です。完全に道を塞いでしまいました、そしてフロントガラスにへばり付き、「射射」を連発してます。
 1分経過、2分経過、3分・・・・王さん、大声で怒り始めました、でも、乞食はそんな罵声にもビクともしません、むしろ、挑発を続けフロントガラスにへばり付き、車を揺さぶってきます。まさかこのまま轢いてしまう、そんなわけにも行きません。
 5分間ぐらいだったでしょうか、運転手の王さん、1元の札を窓から放り投げました、ここで解決か・・・?
 とんでもありません、1元札には一瞥をくれただけです。益々、乞食は挑発を繰り返してきました、外国人が乗っていると理解しているのです、これほどしたたかな「乞食」は初めてです、以前、北京の門前で子供の乞食にズボンの上から財布をさわられた事がありましたが、手を払いのけて威嚇すると逃げていきました、しかしこの男はそんな威嚇など屁のカッパのようです。
 何分間もにらみ合いが続き、10分間が何とも長く感じます、まだ退きません、そしてフロントのバンパーによじ登り、奇声をあげ、硝子をたたき始めました。
 さすがに、王さん、ポケットから10元札を出そうとしてます、助手席のおいらはその手を押さえ、10元札を乞食に見えるように出し、ひらひらと少し空けた硝子の隙間から出してみました、ようやく乞食は窓硝子から降り助手席側に来ました、そのわずかなチャンスで車を前進させたのです。
 いやあ、本当にビックリです、これほどしぶとい乞食は初めてです、道が狭いのでどうにもなりませんでした、我々は一変に気力が抜けてしまい、高速道路に乗り込むまではしばらく皆さん無言のままでした。

三国志遺跡・三義宮!

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

 午飯がすむと、車はもう一度高速道路へと上がってひた走りに走る。涿州へと向かうのだ。劉備・関羽・張飛等3人が桃園の誓いを立て、義兄弟の縁を結んだ場所だ。
 後漢王朝も乱れに乱れ、各地に反乱の火の手が上がり、王朝の統制が効かなくなると、中国全土に英雄が勃興し、劉備等が運命的な出会いをした記念の場所なのだ。
 しかし、この時代は日本で言えば「弥生時代」・・・・そんな遺跡が地表に残っているわけはないのだが、此処は中国、何でも有りの世界が広がっていた。
 王運転手は知ったかぶりをする傾向があるようで、此処、涿州はどうも始めてきたようだ、その証拠に高速道路をおりると道を間違えてしまい、三義宮を通り越してしまった。
 もちろん俺たちも初めての場所であるから方角的には分かっても細かい地図を持参しているわけではない、運転手さん、目星を付けた自動車修理のお店に車を突っ込み、三義宮への道を訪ね始めたのだ。
 やはり、来すぎていた、それも張飛廟のまだ先へと来てしまったようで、慌てて、車をユータンさせ細い脇道へと入っていったのだ。
 今から1800年も前の遺跡であるから何も期待していないできたのだが、雰囲気だけは掴んで帰りたい、何しろ三国志・三国志演義の振り出しの場所なのであるからなあと、そんな感想で駐車場へと車は滑り込んだ。
 まあ、とにかく入館料を払い(20元)中へと入る、3人の大きな塑像が並び俺たちを出迎えてくれている、律儀な関羽・そそっかしい張飛・そして皇帝になる劉備・・・そうなんです、三国志演義のとおりの物語が繰り広げられていたのだ。

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事