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皆さん、お久しぶりです。タマーにしか書き込まないオルガニストです。ごめんね。
帰国して以来、自慢じゃないけど毎週日曜日、教会の礼拝に行くことを欠かしたことがありません。
とはいえ、私はもともとクリスチャンではないのですが。
ドイツにいた7年間は積極的に普段の礼拝に行くことはありませんでしたが、行くとしたらオルガン目当てでしたね(笑)。イベントの時はまあ、行きましたけどね。クリスマスやイースターなど。
あと、友達のオルガニストが用事があって礼拝が弾けない場合などは、たまに代わりに弾いたりしていました。
ドイツはとりあえず、みんなほとんどの皆さんがカトリックかプロテスタントのクリスチャンなので、教会というものは、ある意味若い人達からしてみれば、古臭くてダサいイメージがあるわけです。おばあさんばっかりが毎週集まって祈っているような。まあ、実際そのとおりなんですけどね。
でもドイツの教会はわりと寛大。私が信者じゃなくてもみんな全然受け入れてくれた。それどころか、宗教を持っていない私をとても興味深いようにいろいろと質問しては、責めるわけでもなく、逆に少し尊敬するかのような口ぶりでだったりするのです。
礼拝が終わった後もみんなさっぱりと家に帰ってしまう。教会のために事務や保守で働く人々(神父、牧師、オルガニスト込み)はみんな職業として生き生きと働いている。そこには奉仕という言葉と、職業がいい具合に切り離されており、いろんなバランスがうまく取れている。写真はシュトゥットゥガルトのマリア教会です。コンサートをした、私のアパートからすぐ近くのなじみの教会でした。
私は日本の教会を批判する気はまったくないの。でも、私の思っていることをちょっと書かせてもらうと、日本のクリスチャン人口は圧倒的に少ない。教会に所属する信者の皆さんはどうしても少数派、という感覚があるのではないかと思うのです。
礼拝の後に毎週お昼ごはんをみんなで食べる会があって(私はなにげに楽しみにしていますが)、その結束たるや、やっぱり並じゃない。それって、ある意味すばらしいことだと思うんです。いろんな意味で、人が人と何かの媒体を通して、または媒体をともに信じたり尊敬することによって交わりあうことって、やっぱり必要だし、それが社会や会社や自分の日常とは違うところにある、っていうのもいいと思う。 ただ、私は信仰は絶対的な自由であってほしいと思うのです。信仰ってものすごく個人的なものでしょう。それを強要することなんて誰にもできないでしょう。
洗礼を受けていないオルガニストが礼拝を弾くことがやっぱり理にかなっていないと思う方々がいるかもしれない。(いやいや、私の教会の皆さんは、皆さんすごく優しいですがね。)でもその人達にも解ってほしいのは、なぜ私が洗礼を受けないのか、という理由。10年以上オルガンを弾いているんだからクリスチャンになりたい、とか洗礼を受けようか、とかいうことを思ったことはもちろん1度や2度ではないのです。でもそこでどうしても踏み切れない私も辛いのだということを解ってほしいのです。
はあ〜、なんかめっちゃシビアになっちゃったわね。
みんな、ごめんね。私の悩みぶつけるようなことをしてしまって・・・。
次回はなんか面白いこと書こうっと。 彩
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わかります。信仰とは、極めて個人的なもの。だから、私は、自分自身は、クリスチャンですが、こどもの信仰の自由は尊重したいと望む親です。時があるとすれば、それは、神とこども自身との間で成立する“時”においてのことでしょうから。。
2005/5/20(金) 午後 8:33 [ ama*in*_gra*e5*2 ]
私も学生の頃にオルガンの音色聞きたさに日曜日にいそいそICUの礼拝に行ってました。ちっちゃいときから宗教曲ラブ!みたいな状態でしたけど、実は私も無宗教なんですよね。地元は禅宗だし。坊さんの同級生2人もいるし。 彩さんの「でもそこでどうしても踏み切れない私も辛い」理由、わかるようなわからないような。。。聞きたいですけど、ものすごくたぶんプライベートな理由じゃないかな。だとしたら、きちっと自分のなかにしまっといたほうがいいかもしれない。
2005/5/24(火) 午前 8:38 [ べと ]