あやぞうのおとぼけ人生奮闘記

自分の活きる地で、立脚点を見極め進む旅

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竹島問題について

 さて、最近(本当は戦後すぐ問題になっていた。)竹島の領有権について日韓で熱い議論が起こっています。歴史的事実・現在までの経緯から勉強しようと思っていたところ、友人が島根県庁からわざわざ以下の研究所を取り寄せており、私に薦めてくれました。

「島根県竹島の新研究(復刻版)」 著者 田村 清三郎 発行者 島根県総務部総務課

 著者の田村氏は大正3年に旧満州に生まれ、満州国の役所に勤められた経歴をお持ちで、戦後は島根県庁に勤められました。島根県史の編纂や県立図書館次長を歴任され、“日本の国内法令上”行政区域として島根県に含まれるとされる竹島について研究をされてきた方です。残念ながら亡くなられています。この報告書は昭和40年に刊行されたもので、私が入手したものは平成17年に発行された復刻版です。

 竹島について、日本政府側が主張してきた事実・歴史的経緯について整理してみます。但し、詳細な事実関係を盛り込んだ本研究書の全ての内容を簡単に整理することは容易でなく、私の理解が間違っている部分もあるかと思います。どうか、興味を持たれた方は研究書をご自身で読まれることを強くお薦めします。
・日本の安土桃山時代の日本図屏風に竹島が描かれており、当時の日本の資料により竹島が日本国の範囲内とされていた。朝鮮の資料にも1614年に竹島と呼ばれた島があり、日本人が支配したことを記録している。
・江戸時代、竹島は日本人の間では「松島」として知られていた。そして、「松島(現在の竹島)」の北西側(韓国の領土近く)爵陵島という島があり、こちらが「竹島」と呼ばれていた。爵陵島は江戸時代(元禄年間)に江戸幕府と当時の朝鮮政府との紛争があり、結果として地元両国民の“一般的な理解として(当然ながら国際法の概念は当時なかったので)”「竹島(爵陵島)」は朝鮮領、「松島(現在の竹島)」は日本の隠岐島の属領と信じられていた。このように現在竹島と呼ばれている島は、爵陵島ではないのですが、島の名前が変わってしまったことがその後の混乱、例えば古い文献の解釈の間違いを招いてしまっている。
・日本の開国後、国際法が適用される時代になり、竹島の領土としての地位を明確にするため、日本政府は明治38年2月に島根県の行政区域に竹島を編入する旨の告示を閣議決定に基づいて行った。島根県は竹島島における漁業権・採掘権を許可制とし、日本の漁民や採掘業者は当該権利を取得した上で戦後にいたるまで竹島で経済活動を行ってきた。
・無主の地の先占という要件を充たせば国際法上領有権を主張できる。これは明治38年の告示によって領土権獲得のための国家意思の存在(精神的要件)は明確であり、当時他国が先占していない土地において日本人のみが経済活動を行ってきた事実から、実質的要件も明確である。国際法の要求する先占の要件は充たされており、竹島の主権は日本にあるといえる。

 韓国側政府は、戦後竹島の領有権は韓国にあると主張しています。
・戦後のサンフランシスコ平和条約の中に竹島についての文言がないため、竹島は日本領土でなくなったことを意味する。
・日本政府の明治38年2月に島根県に竹島を編入した告示に対して、日韓併合により韓国は抗議することができない状況にあった(これについて田村氏は日韓併合で韓国の外交権に日本が干渉することになったのは明治38年11月に締結された日韓新協約によってであり、もし韓国が竹島に対して歴史的ないし行政的に正当な権限を有したものであるならば日本政府に対し抗議することは可能だったとしています。)。

 以上のように、特に戦後から現在に至るまで、日韓で竹島問題は大きな領土問題となっています。日本政府側は前述の主張を一貫して続けながら、唯一の公正な解決方法は本件を国際司法裁判所に付託し、判決を得ることであるといっています。私も賛成です。が、国際司法裁判所に付託するには当事者が付託に合意することが必要で、韓国は付託に合意していません。なぜなのかは理解に苦しむところなのですが。国際法の解釈として竹島に対する日本の先占について問題があるのなら、第三者的な機関に判断してもらうことが一番の解決だと思います。
 仮に日本の先占方法に問題があり、国際法上の領有権を主張する要件が欠けていると韓国が主張することを認めたとしても、それは一方的な韓国側の主張であり、韓国が竹島に軍隊を送り込み、上陸させていることを正当化する理由にはなりません。

 この問題については今後も勉強していきます。日韓にはその他さまざまな問題がありますが、いつの日かこうした問題を乗り越えて、真の友好関係が築ける日が来ることを願っています。真の友好関係とはお互いの耳に痛いことでも事実は事実だと言い合い、認め合うことだと思います。

閉じる コメント(7)

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このような本がある事を知りませんでした。大変勉強になりました。

2006/5/23(火) 午後 4:31 w19*9t*ka

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竹島問題。韓国が国際裁判所の調停に応じないのは負けるってわかってるからなんだろう。竹島があるのとないのとじゃ韓国の漁場はかなり変わってくるそうで死活問題。小さな頃から拿捕とかのニュース、よくやってたよ。うまく解決できるといいんだけど難しそうね。

2006/5/23(火) 午後 10:08 [ はと麿 ]

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w1919taka様、コメントありがとうございます。私もびっくりしました。友人のおかけです。島根県にとっては昔から現在まで重要かつ身近な問題でありつづけているのだと感じます。

2006/5/23(火) 午後 10:14 [ あやぞう ]

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はと麿様、コメントありがとうございます。おつしゃるとおり、両国の国家としての威信と同時に経済水域の争いでもありますね。

2006/5/23(火) 午後 10:17 [ あやぞう ]

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韓国と離婚協議中の元カミさんがダブるんだよね。。。どっちも自分の思い通りに進めたくて主張するけど、裁判所の調停とか第三者が入ると、その主張が否定されそうで、そこに持ち込みたくないところ。元カミさんとは調停で円満解決も、日本と韓国はどうなるのだろう。

2006/5/24(水) 午前 0:00 [ バツ夫 ]

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バツ夫さん、コメントありがとうございます。いい例えですね…、って感心するところじゃない??まぁ〜、お互いなんとなく問題を先送りしてたら突然、どちらかが、ある日逆切れしてストーカーチックに攻撃しだす…、ということを避けるためにも国際仲裁しかないですね!

2006/5/24(水) 午後 11:19 [ あやぞう ]

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朝日新聞 天声人語 1959年12月15日
韓国から日本に逃亡してくる者は月平均五、六百人もある。昭和二十一年から昨年末までに密入国でつかまった者が五万二千人、未逮捕一万五千人で、密入国の実数はその数倍とみられる。

李承晩ラインの不法な設定で、
竹島周辺では、328隻の船が韓国によって攻撃・拿捕され、
漁民の44人が殺害され、3929人が13年間にわたって抑留された。

1965年日本政府はその人質を返してもらうために「在日朝鮮人犯罪者の釈放と人質の命を引き換え」という、まるでテロリストの出すような条件をのんで常習的犯罪者あるいは重大犯罪者として収監されていた在日韓国・朝鮮人472人を収容所より放免して在留特別許可を与えた。
また、韓国政府は日本人抑留者の返還と引き換えに、日本政府が摘発した韓国人密入国者の強制送還を拒否するとともに日本国内に解放するよう要求され飲まざるを得なかった。
結局、韓国は全ての犯罪者を引き取らずに日本国内に開放した。

2011/4/16(土) 午後 5:08 [ 海の汚染は118電話 ]

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